神様の美しい2時間、囲碁の牛栄子扇興杯「呉清源先生と私」

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北野新太

囲碁の牛(にゅう)栄子扇興杯(23)は、幼少期に「碁の神様」こと呉清源九段(2014年死去)と交流を続けた経験を持つ。7月17日、第7回扇興杯決勝で仲邑菫二段(13)から大逆転勝利を収め、念願の初タイトルを手にしたニューヒロイン。絶望的な劣勢でも盤上に没入し続けた姿勢には、伝説と過ごした原体験が息づいている。

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 AIによる評価値は1対99。扇興杯決勝は両者秒読みの最終盤に突入した。そして史上最年少、13歳のタイトルホルダー誕生の時が近づいていた。

 敗勢に陥った牛栄子四段だったが、姿勢は微動もせず、視線は一度も盤上から離れることはなかった。

 「もう碁としては終わっていました。こちらが頑張ってどうにかなるものではなく、菫ちゃんに委ねるしかなかったんです。でも、諦める気持ちにはなりませんでした。碁を始めた時から、いちばん集中できていた碁だったかもしれません」

 やがて戦況に変化が訪れる。黒番の仲邑菫二段が選んだ安全策は失着だった。「白は確定地が多いので、ヨセ勝負になれば、まだチャンスはあると思い直しました」。そして、天才少女の打ち手にさらなる誤りが生じ、勝負は急転の結論を導き出して終わった。

 初めて頂点に立った牛新扇興杯は局後の取材に対し、純粋な言葉を残した。

 「碁は(敗北で)終わっていると思っていましたけど、いつも支えていただいている方々を思い出すと、もうちょっと頑張らないといけないと思いました。優勝することは私の小さい頃からの夢で。夢なので本当にかなうとは思わなかったです。今はすごくうれしく思います」

 多くの報道陣は、史上最年少タイトルを逸した仲邑二段の姿を新タイトルホルダーの背後から追ったが、牛扇興杯の意識にはなかった。

 「碁に集中したままの状態でしたので、全く気がつかなかったんです。皆さんが菫ちゃんを応援したり、たくさん取材したりするのは当然だと思います。あれだけ最年少記録を作って、大活躍していますから。私自身、棋士として菫ちゃんをとても尊敬しているんです」

 2015年に入段。17年の女流棋聖戦三番勝負で挑戦手合に初登場するが、謝依旻(しぇい・いみん)七段に1勝2敗で惜敗。翌年の扇興杯でも決勝進出を果たしたが、万波奈穂四段に敗れていた。

 「大舞台には普段とは違うものを感じていました。優勝を……なんて考えるといいことがなくて。でも、今回はなぜか一切の雑念もなく臨めました。もし、そんな日が訪れたらどういう気持ちになるんだろう、と想像する時は、激しく心が揺れるものだろうと思っていましたけど、でも実際には、え、勝っちゃったのかな……ということと、人生というのはとても不思議なものだなあ、ということでした」

 棋士になること、頂点に立つことを夢見るようになる前、偉大な棋士と過ごした日々がある。

 母の牛力力(にゅう・りーり…

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