記者コラム 田玉恵美の「多事奏論」
あまりにも静かで自分の血液の循環音が聞こえる。作曲家ジョン・ケージがそんな経験をした「無響室」に入ってみようと、東京・青海にある都立産業技術研究センターを訪ねた。
約80センチの厚みがあるドアを開けると高さ4・2メートル、40平方メートルほどの広さ。内壁は吸音材のグラスウールで覆われ、外側を厚さ27センチのコンクリートが囲む。ふだんは機械の騒音測定などに使われているという。案内してくれた主任研究員の渡辺茂幸さんによると「室内は10デシベル以下になるよう設計しているので、自然状況下ではこれ以上静かなところはほぼない」そうだ。
「気分が悪くなったら言って下さい」と言われて緊張しつつ中に入る。10分ほどひとりで閉じこもった。残念ながら耳を澄ませても何も聞こえなかったが、意外だったのは不思議な圧迫感と孤立感を覚えたことだ。大声を出しても音が響かないので、声が口元から前に伸びていかない。手をパチンとたたいても、その場で音が消える。透明なカプセルに閉じ込められているような気分になった。渡辺さんは「ここで寝ようと思っても、慣れないとなかなか寝られないはずです」という。
これを体験したかったのは、「静けさ」の功罪について考えていたからだ。コロナで家にいる時間が増えた。静かで快適だが、世間が遠ざかって自分の考え方が内向きになっていくのを感じる。政治家が「参院選後の静かな環境で改憲の発議を」などというのを聞いても首をかしげてしまった。静けさはつねに良きもので、「雑音」はつねに排除すべきものなのだろうか。
静かな場所の代表格と言える図書館でさえ、いまや音との共生が始まっている。
おしゃべりOKをうたう長野…
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