鎌倉の住宅地で鮮魚店を再び 鹿児島・阿久根市と連携、魚を直送

織井優佳
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 神奈川県鎌倉市の住宅地・今泉台で、廃業した鮮魚店の跡地で鹿児島県阿久根市から直送の鮮魚を売る計画が進んでいる。他地区も移動販売車で回り、週の半分は様々なお試し営業に店を貸し出す。高齢化が進む町の住民は買い物の楽しみを取り戻したい。地方の漁業者は若い人に外の世界に触れて夢を描いて欲しい。双方の地域課題を一挙に解決しようとする欲張りプロジェクトだ。

 発端は阿久根市が主体となって、今泉台で2018年秋に行われた阿久根の鮮魚の移動販売だった。高度経済成長期に造成された今泉台では、地区内の商店が次々に廃業。自家製西京漬けなどが評判だった鮮魚店も、少し前に閉店。買い物難民の高齢者もいただけに3日間のイベントは熱烈に歓迎され、魚はすぐに完売した。

 当時町内会長だった尾島隆史さん(79)は、地域間交流を手がける狩野真実さん(41)に「次はいつ?」と催促。市内の同様の住宅地、梶原山町内会からも「うちでもやって」の声があがった。それで次を準備していたらコロナ禍に。代わりに20年末、オンラインの魚講習会と送料無料の鮮魚宅配を企画すると100件ほどの注文が入った。

 一方、水産業の後継者難に悩む阿久根市には、首都圏での鮮魚販売は若者の視野を広げ、意欲を引き出す研修の機会。関係者の滞在費や販売経費などは市が負担した。通りすがりの人ばかりの都心に加えて郊外住宅地も対象にしたのは、リピーターになり得る生活者に触れたかったからだ。

 こうして長い地域交流を願う思いが双方に芽生えた。阿久根側が魚販売の事業化を言い出し、最初は資金面でも人繰りでも阿久根に頼り切りだった鎌倉側住民も主体的に動き始めた。

 前町内会長で民生委員の田島幸子さん(68)は「高齢者には日々の食料品を買うのも楽しみ。食べたいものを見て選んで買える生活を取り戻すのは最高のぜいたく」。昨年11月には狩野さんと阿久根を訪ねて市長や漁協、水産業者らと面会、鎌倉の「本気」を伝えた。自治体間の連携を、と鎌倉市にも協力を求めた。

 まず実店舗を、と魚屋跡地を確保。必要な設備や態勢も具体的に調べた。複数の卸業者や市場を通さなければ、輸送費をかけてもスーパー並みの価格にできる。でもウリは「安さ」ではなく「味」と「生産者応援」。せっかくの直接仕入れだから、流通に乗らない季節の珍しい魚も提案してもらう。会話しながら、食欲に応じて大小とりどりの魚を買っていく想定だ。

 他地区も移動販売車で回り、売れ残らないように総菜にも加工しようと飲食店の料理人に声をかけた。週の半分はパンや総菜を売りたい人に利用してもらう。各地のアンテナショップにもなれたら――。ここに来ればおいしい味といろんな人に会える、という場を目指す。経営が厳しくて廃業した立地で再開するハードルは高いが、あの手この手で黒字に乗せる作戦だ。

 店番も「余暇の楽しみ」にと、鮮魚売り場で働いていた人や料理自慢の人を募り、魚さばき教室も開き、チームを組んで回すつもり。個人営業では立ちゆかない店も、地域で組織的に代替わりしながら担えば続けられる。高齢化に悩む同じような戸建て住宅地にも広げられる運用モデルの構築を狙っている。

 阿久根側の中心で「まちの灯台阿久根」代表の石川秀和さん(46)は「都市部と地方の間でソーシャルビジネスを継続するには、お互いが覚悟してリスクを背負い、どちらかに依存しないことが大切。『夢を持てる社会を作ろう』という共感で一体になれた」と計画の今後に期待する。

 店舗改装費や冷蔵庫などの購入で開業資金に1千万円ほどかかる。「企業からの寄付や物品提供も大歓迎。鎌倉から地域課題の新しい解決法を発信するのを手伝ってください」と田島さん。5月に試験販売し、夏にクラウドファンディングで資金集めをし、秋には開店するのが目標だ。問い合わせなどは、さかなの協同販売所(仮)プロジェクト(kamakura.sakana@gmail.comメールする)へ。(織井優佳)

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