「ウェンカムイ」
アイヌ語で「悪い神」という意味の言葉だ。
先住民族のアイヌはヒグマを「キムンカムイ」(山の神)と呼んだ。人間に肉や皮を恵む存在と見なし、狩りをするたびに祈りを捧げた。
だが、人を襲って食べたヒグマは神とはいえ、越えてはならない「境界」を侵したウェンカムイとして村を挙げて仕留め、その肉は口にしなかった。
2021年6月18日、そのウェンカムイが現れた。人口200万人の大都市、札幌の住宅密集地に。
午前5時38分、北海道猟友会札幌支部長の斎藤羊一郎さん(74)の携帯電話が鳴った。「東区北18条東16丁目にヒグマが出た」。ヒグマ対策を担当する札幌市職員が告げた。
東区は山林に接していない。「誤報ではないか」。しかし、すでに北海道警にはヒグマを目撃した人からの110番通報が相次いでいた。出動を要請された。
手早く身支度をし、ライフル銃を用意した。玄関で靴を履く。再び市職員からの電話。人が襲われて負傷したという。「また襲うだろう。もう殺すしかない」
道警からヒグマの位置情報を聞きながら車で東区へ向かった。ヒグマがまだ近くにいた商業施設の駐車場に着いた。見物人が何人もいた。2時間のうちに、ゴミ出し中の住民や陸上自衛隊丘珠駐屯地の男性隊員ら計4人が次々に襲われた。
鳴き声一度もあげず
午前9時ごろ。
道警のヘリコプターから丘珠空港付近の茂みに身を潜めているという情報がもたらされた。銃を持って車を降りた。もう1人のハンターと茂みを探す。
午前11時10分。
30メートルほど先。いた。ヒグマが斎藤さんに背を向けて走り始めた。
すでに道警から「発砲命令」が出ていた。
「外せば、次の弾をこめて撃…
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