「おまえ、浮いてる」で気づいた レジェンドが認めた川崎の控えGK

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照屋健

 この8年間で出た公式戦は、1試合のみ。それなのに彼は、契約を打ち切られることもなく、プロアスリートであり続けている。

 サッカーJ1・川崎フロンターレの31歳、安藤駿介。今は控えのゴールキーパー(GK)だ。

 常に、自分に問いかける。

 日々、成長できているか。その姿は、周りにどう映っているか――。

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 最後に公式戦のピッチに立ったのは、もう5年も前になる。

 「一日一日を必死にやっていると、あっという間に感じるんですけど。振り返ると長いですよね」

 プロ13年目。中学、高校の下部組織時代も含めれば川崎に最も長く在籍する選手で、選手会長の肩書も持つ。試合に出られない日々は苦しくないのか。そう問うと、「よく聞かれますよ」と苦笑いしながら言った。

 「昔はありました。この感情を、どこにぶつければいいのか、と。でも、今はつらいとか、そういう感情をなるべく持たないようにしているかな」

 2009年。入団当初は、とがっていた。

 「自分の考えは絶対正しい、と思い込んでいた」

 当時の正GKは7歳上で日本代表の川島永嗣(現・ストラスブール)。「川島を超せ」がコーチの口癖だった。ある日、練習で負けていないのに「若いから」と冗談交じりに罰ゲームをやらされそうになった。「俺は負けていない」。意地を張って輪から離れ、周囲をあぜんとさせた。

 12年にはロンドン五輪代表に。自信は膨らんだ。出場機会を求め、湘南に期限付き移籍した。

 だが、気合を入れるほど、空回りした。当時の曺貴裁監督に言われた。

 「なんか、お前だけ少し浮いているぞ」

 自分のミスを認めず、理不尽に味方を怒る。そんな姿勢を見透かされていた。「自分を偽り、大きく見せなくてもいい」。諭すような言葉が、胸に刺さった。

 高校時代、コーチに繰り返された言葉がある。

 「苦しい時は、みんな、ゴールキーパーを見るぞ」

 攻める時はみな、相手ゴールを向く。守備に切り替われば、自陣に戻る。その時、目に入る。最後尾のGKは、どんな表情なのか。

 「どんな時も落ち着いていたい」と思うようになった。定食屋やコンビニでもイライラしないようにした。

 「逆の立場になると面白いなって気づいたんです。自分が店員だったらミスして怒られたら慌てるよな、とか。『ゆっくりでいいっすよ』って言うと、意外にスムーズなんです」

 見られていることを意識する。逆の立場で考える。考え方の変化が選手としての幅につながった。

 18年、優勝チームの一員として参加したJリーグ年間表彰式。知り合いに「移籍した方がいいんじゃない?」と言われた。でも、「川崎が好きでやっているから」ときっぱり言った。

 「プロという肩書には、いろんな考えがあっていい。各クラブにGKは3、4人いて、その4分の3は試合に出ていない。出ないからプロじゃないのかといえば、そうじゃない。僕は、ここで頑張れる」

 控えGKの中には若くして契約を切られ、引退に追い込まれる選手もいる。Jリーガーの引退平均年齢は26歳。試合に出られないから、と腐るような選手は周りに悪影響を及ぼす。

 練習に手を抜かない姿勢、控えになった時の振る舞い。そんな姿もプロの評価になる。若手に伝わり、誰もさぼれなくなれば、やがて全体の規律につながる。自然体で、安藤はそれを体現する。

 昨年秋。元日本代表でクラブのレジェンド、中村憲剛が引退を発表する前、自ら「辞める」と告げた一人が安藤だった。クラブハウスの別室で2人きり。「お前やノボリ(登里享平)がいるから、安心して辞められるわ」と言われた。号泣した。信頼の証しだった。

 メンバー発表で自分の名前が呼ばれない。仲間や家族と話して気を紛らわせ、次の出番を見据える。どこまで「無限ループ」が続いても、来ると信じた「その日」のために、準備をやめることはない。

 その姿勢が、リーグ連覇をめざす王者を支えている。(照屋健)

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