発端は11年前にあった 9・11に向けて敷かれていた、伏線の数々

米同時多発テロ

ニューヨーク=中井大助

 2001年の米同時多発テロの起源は、どこにあったのか。国際テロ組織アルカイダが民間の飛行機をハイジャックし、ビルに突撃させる計画を決めたのは、1999年ごろとされる。だが、テロにつながる動きはその何年も前からあった。

最初の事件は1990年

 90年、ニューヨーク(NY)のホテルで銃撃事件が起きた。被害者のメイア・カハネ氏は、米国出身の正統派ユダヤ教指導者だった。イスラエルで国会議員を務めたが、極右主義の主張が問題となり、同国内での活動が禁止されていた。NYで講演していた同年11月5日、エジプトからの移民のイル・サイード・ノサイル受刑者に射殺された。

 米公共ラジオ局WNYCのジム・オグレイディー記者は「当時、事件は謎に包まれ、理解されなかった。NY市警も誤って、『精神的に不安定な単独犯による事件』と位置づけた。しかし、9・11(同時多発テロ)につながる最初の攻撃となった」と話す。

 オグレイディー記者は、9・11に至る経緯を検証したポッドキャストを担当。昨年に発表したポッドキャストでは捜査関係者や内通者としてテロ組織に潜入した関係者への取材を通じ、当時の様子を再現した。

 ニュージャージー州に住んでいたノサイル受刑者は内戦が続いたアフガニスタンで戦闘員になりたいと考え、家族の反対にあったことから断念し、NYで事件を起こしたことが後に明らかになる。自宅からは過激なイスラム主義への傾倒や、「高いビルへの攻撃」を示唆するアラビア語の資料も押収された。だが、この時の捜査では翻訳されなかった。

9・11の現場、過去に爆弾事件

 ノサイル受刑者に影響を与えたのは、やはりエジプト出身で、NY周辺で活動していたイスラム過激派指導者のオマール・アブドルラーマン元受刑者=17年死亡=だった。1993年、国連本部などに爆弾をしかける計画を企てたとして逮捕された。同じ年にNYの世界貿易センター(WTC)ビルに爆弾がしかけられ、6人が死亡する事件が発生。逮捕されたのは、複数のアブドルラーマン元受刑者の信奉者だった。

 オグレイディー記者は「NYの警察当局も、何が起きているのかを把握しようと必死だった。グローバルな事件であると同時に、ローカルな側面が強かった」と分析する。アルカイダの指導者オサマ・ビンラディンは、アブドルラーマン元受刑者とも接点があった。ただ、この時にはまだ注目されていなかった。

「十分な対応」が不幸な結果に

 爆弾事件自体の捜査は比較的順調に進み、犯行グループの多くは逮捕された。しかし、後に米政府が設置した9・11の独立検証委員会は「法執行機関が、テロに十分対応できているという印象を与えるという、不幸な結果を招いた」と指摘する。捜査の影では、9・11に向けた動きが進んでいた。

 WTCの爆弾事件には続きがあった。主犯格のラムジ・ユセフ受刑者が米国から逃走し、フィリピンなどに潜伏していたのだ。この間、おじのハリド・シェイク・モハメド容疑者と一緒に、太平洋の上空で複数の飛行機に爆弾をしかける「ボジンカ作戦」を企てた。ユセフ受刑者は実験のため、94年12月にマニラ発成田行きの飛行機に爆弾を仕掛け、日本人1人が殺害されている。

 ボジンカ作戦は実行前に、フィリピン警察の捜査によって発覚。ユセフ受刑者は95年2月、パキスタンで拘束された。しかし、逃走したおじのモハメド容疑者がビンラディンと合流し、飛行機を使ったテロを提案したことで、同時多発テロにつながった。

 オグレイディー記者は「ポッドキャストを始める前は、『9・11の物語は知っている』と思い、あまり関心がなかった。しかし、90年代初頭にNYでこうした動きが起きていたことは私も知らなかった」と打ち明ける。全8回のシリーズは「ブラインドスポット(盲点)」とタイトルをつけた。「何かが起きている瞬間、意味合いが分からないことが多い。9・11に至る過程では多くの盲点があった」

 それから20年。新たな「盲点」はないのか。

 「かつて、アフガニスタンの内戦に加わることができず、ニューヨークでテロに関与した男たちがいた。どうしても比較してしまうのが、21年1月6日にトランプ前大統領の支持者が連邦議会議事堂を占拠した事件だ。議事堂占拠の映像を見て、『その現場にいたかった』と考える人たちが、新たな行動を起こすことはないのか」(ニューヨーク=中井大助

同時多発テロの前の動き

 【米同時多発テロの前の動き】

1990年11月 イスラエルの極右主義者のメイア・カハネ氏がNYで射殺される。イスラム過激派指導者オマール・アブドルラーマン元受刑者に影響を受けた男が逮捕される

 93年2月 NYの世界貿易センタービルに爆弾が仕掛けられ、6人死亡。実行犯の多くはアブドルラーマン元受刑者と接点。主犯格のラムジ・ユセフ受刑者は逃走

 93年6月 国連本部などに爆弾を仕掛ける計画を企てたとして、アブドルラーマン元受刑者らが逮捕される

 94年12月 マニラ発成田行きの航空機にユセフ受刑者が爆弾を仕掛け、日本人乗客1人が死亡

 95年1月 ユセフ受刑者とおじのハリド・シェイク・モハメド容疑者が、多数の飛行機に爆弾を仕掛ける「ボジンカ作戦」を計画していたことが発覚

 95年2月 ユセフ受刑者がパキスタンで身柄を拘束される

 98年2月 オサマ・ビンラディンらが米国に対する「宣戦布告」

 99年ごろ 飛行機を使って米国を攻撃するモハメド容疑者の計画をビンラディンが承認

 01年9月 米同時多発テロ