冷徹な裁判長、米国が追う手配犯…謎多きタリバン閣僚、記者が解説

アフガニスタン情勢

バンコク=乗京真知

 アフガニスタンで権力を握ったイスラム主義勢力タリバンが、新政権の樹立を宣言し、閣僚の顔ぶれを発表した。閣僚ら33人のリストには、米国が報奨金を掛けて追う大物や、公の場に姿を見せたことのない重鎮が並ぶ。

 なかでも20年ぶりに復活した「勧善懲悪省」の大臣は、これまで報道で取り上げられたことがほとんどない人物だ。いずれも地縁や血縁を足がかりに、戦場や外交の舞台で結果を残し、組織内でのし上がってきた面々とみられている。

 閣僚人事にあたっては、宗教学者で戦闘経験がないとされる3代目最高指導者のアクンザダ幹部が、どんな布陣を敷くのかが注目された。タリバン内には派閥があり、過去には人事のもつれで内部対立を生んだ経緯がある。タリバンは権力掌握から発表まで、3週間以上かけて人事を練った。

 まず最高指導者のアクンザダ幹部は、予想されていた通り、宗教的な最高権威として国の頂点に立つ。重要事項の最終決定権は握るものの、実際の政権運営は閣僚たちに任せるものとみられている。

 アクンザダ幹部の経歴は、朝日新聞デジタルの記事「就任から5年、ついに姿? タリバントップを世界が注視」(https://www.asahi.com/articles/ASP9151MFP91UHBI016.html)でも紹介した。

 学者と聞くと、現実路線の穏健派のように思えるが、実際は重罰を科す冷徹な裁判長として恐れられてきたと、首都カブールのタリバン関係者は語る。

 旧政権時代は、「聖戦」を正当化する宗教見解(ファトワ)をいくつも出し、2015年ごろから増えた自爆テロを後押しする理論的な支柱となってきたという。17年7月には、アクンザダ幹部の息子自らが、南部ヘルマンド州で自爆攻撃を起こしたと報じられた。

 さて、閣僚たちの顔ぶれだが、いずれもアクンザダ幹部の最終承認を得て選び抜かれた人物たちだとみられている。

 国連の資料などによると、首相に指名されたムハンマド・ハッサン・アフンド幹部は、タリバン創設者である初代最高指導者のオマール幹部が存命だったころ、政策顧問を務めていた重鎮だという。

 アフンド幹部はタリバン旧政権で外相や副首相を歴任し、その後20年にわたって「シューラ」と呼ばれる執行部をまとめてきた。今回の組閣で、首相候補に名前が挙げられたことはあったが、目立った存在ではなかった。組織内の派閥のあつれきを鎮める仲裁役と目されている。

 その補佐役の第1副首相には、50代とされるアブドゥル・ガニ・バラダル幹部が選ばれた。首相と同様に、90年代にタリバンを立ち上げた創設メンバーの一人だ。

 10年にパキスタン当局に拘束されたが、米軍撤退をめぐる「交渉人」として白羽の矢が立ち、米国の依頼で釈放されて以降、カタールにあるタリバン外交事務所を舞台に米特使らとの直接協議にあたってきた。

 タリバンの悲願だった米軍撤退についての合意を20年2月に実現させた最大の功労者の一人と受け止められており、組織内の人望は厚いという。

 バラダル幹部との交渉に関わった外交関係者は「口数が少なく、手の内を全く見せない人物だった」と振り返る。一方、米軍撤退交渉のカウンターパートだった米国のカリルザード和平担当特使とは、ソファに座って談笑する様子を捉えた写真がSNS上に出回った。

 第2副首相のアブドゥル・サラム・ハナフィー幹部はバラダル幹部の右腕として、影響力を増す中国との連絡役を担うなどしてきた。民族的には少数派のウズベク系で、人口最大のパシュトゥン系が中心のタリバンにおいては非常に珍しい。

 私がドーハで取材したときは、カメラを向けても一切動じず、背筋を伸ばしたまま報道陣の質疑に答える様子が印象的だった。

 ハナフィー幹部は旧政権で元教育副大臣を務めたことで知られるが、過去の国連資料や現地報道を見ると、北部で激しい戦いを率いた武闘派としての顔や、麻薬取引に関わっていた疑惑がのぞく。

 同じくバラダル幹部の右腕で、国連などとの連絡役を務めてきたアミール・カーン・ムタキ幹部は、外相になった。旧政権では情報文化相を務めた。外の声に耳を傾けてきた人物で、穏健派の一人と見られている。

 ムタキ幹部は、タリバンが8月15日に政権を崩壊させた後、さっそくカルザイ元大統領やアブドラ元行政長官などと面談し、その様子をSNSで発信することで、これまで対立してきた勢力とも協議する用意があるという柔軟姿勢をアピールしていた。

 これまで挙げてきたアフンド幹部、バラダル幹部、ハナフィー幹部、ムタキ幹部を含め、7月に発表された閣僚22人のうち半数以上は、国連の経済制裁の対象者だ。

 一方、今回20年ぶりに復活した「勧善懲悪省」の大臣のムハマド・ハリド幹部の経歴は、ほとんど表に出てこなかった。勧善懲悪省は旧政権時代、イスラム教の極端な解釈に基づき、男性のひげの長さや全身を覆う女性の服装などを点検し、違反があればムチでたたいたり拘束したりする「宗教警察」として恐れられていた。

 タリバン取材の長い地元記者によると、ハリド幹部は「タリバンの司法界では名の知れた人物だが、世の中的には『新顔』と言っていい。(パキスタン西部)ペシャワルの宗教学校で教えていたことがあり、イスラム法の運用に厳格なことは間違いない」と語る。

 日本の支援事業が絡む分野では、水と電気の担当相に指名されたアブドゥル・ラティフ・マンスール幹部のことも書き留めたい。19年12月に東部ナンガルハル州で殺害された中村哲医師の灌漑(かんがい)事業が、円滑に進められるかどうかに関わってくるからだ。

 国連の資料によると、マンスール幹部は旧政権で農業相を務めたほか、09年ごろはナンガルハル州の「影の州知事」を任されていた。東部地域の干ばつ被害の深刻さと、乾燥地に緑をもたらす灌漑の意義を、よく知っているとみられる。

 閣僚人事では、誰が国防相を務めるのかにも注目が集まった。武力を背景にした組織だけに、候補者が何人もいるからだ。最終的には本命視されていたムハンマド・ヤクブ幹部が就任した。

 30代とみられるヤクブ幹部は、軍事部門トップを務めてきた。創設者の息子で、アクンザダ幹部の信任も厚いとされる。地元メディアによると、創設者の死後、2代目継承を巡る内紛で一時的に影を潜めたが、2代目の死亡後に執行部入りした。

 米関連施設に大規模なテロを仕掛け、国際テロ組織に指定されているタリバン内の最強硬派「ハッカーニ派」も閣僚に名を連ねた。

 同派の首領で、40代とみられるシラジュディン・ハッカーニ幹部が内務相に、そのおじのハリル・ウル・ラフマン・ハッカーニ幹部が難民担当相に就いた。2人とも米当局が巨額の報奨金をかけて追跡してきた人物だ。

 ハッカーニ派は、これまで首都カブールの外国公館を対象にした自爆テロや、外国人の誘拐を繰り返してきた。17年5月にはドイツ大使館前で150人以上が亡くなる自爆テロがあり、関与が疑われた。この自爆テロでは日本大使館職員2人も負傷した。

 米国をはじめとする国際社会は今後、タリバン主導の統治体制を政府として承認するかどうかに加え、閣僚たちの経済制裁指名手配の解除、国際援助の一時停止や再開をてこに、タリバンと駆け引きしていくことになりそうだ。(バンコク=乗京真知