「金メダルは木村君が…」「それでええんか」高め合ったエースと新鋭

榊原一生

 「木村君は人生の道しるべ」「宇宙さんは自分を高みに導いてくれる存在」

 3日の競泳男子100メートルバタフライ決勝(視覚障害S11)。木村敬一(30)がトップで泳ぎ切り、富田宇宙(32)が続く。日本のエースと新鋭がワンツーフィニッシュを決めた。

 富田が進行性の目の病気で視覚障害の最も重いクラスに変更されたのは2017年7月のことだった。そのクラスには、パラリンピックメダリストの木村がいた。

 富田はクラス変更が決まった直後、海外でのレースに臨んだ。このクラスは光を完全に遮断したゴーグルを着用する。準備が間に合わず、木村のゴーグルを借りて出場した。

 散々だった。コースロープに腕が乗り上げた。「かすかでも光を感じて泳ぐのとは、まるで違う。方向感覚を失い、まっすぐ泳ぐための情報が少ない」。コースロープに触れながら闇の中を速く泳ぐ木村は、雲の上の存在に思えた。

 2歳の時に視力を失った木村には「見える」という記憶はない。08年北京パラリンピックから3大会に出て銀、銅計6個のメダルを獲得。日本の全盲クラスの第一人者になった。だんだん目が見えなくなって絶望感を覚えながらも懸命に前を向く富田をたくましく思っていた。「障害を受け入れ、新しい人生を楽しみ直せているのは、尊敬に値する」

 先天性疾患の木村と後天性疾患の富田。障害の背景や歩んできた道のりは異なる。だからこそ、優劣にとらわれず、認め合う存在でいられた。

 そんな2人が、世界の舞台で火花を散らしたのが19年9月の世界選手権。100メートルバタフライ決勝で、リオデジャネイロ大会後に米国に練習拠点を移した木村に、富田が2位で食い下がった。実力は伯仲してきた。「宇宙さんの存在が自分を速くしてくれる。どんなトレーニングより効果のある“材料”です」。材料と表現された富田は隣で笑った。

 昨夏、コロナ禍で米国から緊急帰国した木村を、富田が練習合宿に誘った。

 2人でコンビニに立ち寄った時だった。

 「売れ残るのはいつも塩むすび。家に帰って具が入ってないことに気づくんだよね」。富田の愚痴に木村が付き合う。「苦手な具だったら返したくなる。でも、腹に入ればなんでもいい」。おおらかな木村とともに過ごし、富田は日常のささいなストレスを気にしなくなっていった。

 合宿中のリラックスした時間だった。

 富田が打ち明けた。「木村君はミスターパラリンピック。ここに人生のすべてをかけてきた人。金メダルは木村君が取って国歌を聞けたらいい」。木村が返した。「それでええんか」

 富田にとって競泳は生きる糧の一つ。木村は違う。誰よりも勝負にこだわり、金メダルを追い求めてきた。

 表彰式。一番高いところに立ったのは木村だった。

 木村は「常に刺激し続けてくれた宇宙さんの存在は、今日僕が戦う上でなくてはならなかった」。富田も幸せを感じていた。「選手としては失格かもしれない。だけど、彼が金メダルを取ったことはうれしい。すごさも努力もそばでずっと見てきたから」

 高め合ってきた2人の思いは、東京で結実した。(榊原一生)