韓国語?朝鮮語? NHK講座の開設は呼び名で難航した

桜井泉

現場へ! 隣の国のことば①

 30年前の体験は、今も記憶に鮮明だ。私は1991年、韓国ソウルに1年間、語学留学したことがある。その時、日本で使っていたテキストを持って行った。表紙には「朝鮮語」と書いてあった。

 「なぜ韓国語と呼ばないのか。北(朝鮮)の言葉を学ぶつもりなのか」。予想もしなかったことだが、韓国の人々の視線の厳しさに驚いた。

 私は「やっかいな所に来てしまった」と内心、後悔した。当時、日本の書店に「韓国語」のテキストは、ほとんど並んでいなかった。

 早稲田大学名誉教授の大村益夫(88)は、戦後日本の朝鮮近代文学研究の草分けだ。50年代後半、東京都立大学(当時)大学院生だった頃、朝鮮語を学べる大学や語学教室がなかなか見つからなかった。

 行き着いたのが、在日朝鮮人の勤労青年のための夜間講習会だった。「日本人が来るところではない」と断られたが、粘り強く頼んで入れてもらった。講師は在日1世だった。辞書は単語帳のようなものしかなく、韓国でつくられた韓英辞典が役立った。

 在日朝鮮人の講師や生徒の中には、59年末から始まった「帰還事業」で北朝鮮に渡った人もいた。大村は言葉を学びつつ、在日の厳しい生活状況にも目を向けた。やがて大村は、早稲田大学で中国語や朝鮮語を教えるようになった。

 74年11月、大村は、朝日新聞の「声」に載った在日の実業家の投稿に目がとまった。

 「日本人が『アジアの中の日本』を考えるためにも、今こそ最も近い隣国の言葉『朝鮮語』の学習普及に力を入れるべきではないか」として、NHKに朝鮮語講座を開くよう求めていた。

 2年後、作家の松本清張堀田善衛、金達寿(キムダルス)らが呼びかけ人になって署名運動が始まった。大村もその一人だった。3万8千人余りの署名を提出し、NHKも講座開設に前向きだった。

 しかし、ここで講座名が問題になる。「隣の国のことば」を何と呼ぶか。韓国政府や韓国系メディア、民族団体は「朝鮮語」に強く反発した。朝鮮とは「植民地時代の呼び方で差別的。日本人の民族的優越意識の残滓(ざんし)であり、無礼だ」「北朝鮮を指す言葉をなぜ使うのか」と。

 署名運動をした日本の研究者らは「朝鮮は、南北を含めた全体を指している」「古来、使われ、植民地時代に押しつけた差別語ではない」と主張した。すっかり政治問題になり、NHKの講座開設は暗礁に乗り上げた。

 NHKのテレビ、ラジオで「アンニョンハシムニカ ハングル講座」が始まったのは84年、在日の実業家の投稿から10年たっていた。講座名は、朝鮮語韓国語も避けて「こんにちは」という言葉と、文字を指す「ハングル」を組み合わせた苦肉の策だった。

 法政大学教授で在日朝鮮人史を専門とする高柳俊男(65)は、大学生だった77年、この署名集めに走り回った。紆余(うよ)曲折の末に始まったNHKラジオ講座を聞くと、講師が「この言語は」と言う。「それしか言いようがないな」と思った。

 「NHKで誰もが手軽に学べるようになった。実に画期的だった。呼応するように大学でも講座が増えた」

 当時の辞書は単語や例文が不十分だった。高柳は、自ら鉛筆で書き込んで補っていった。

 「学習者が増えると辞書の種類も増え、内容が充実していった」

 今、書店の韓国・朝鮮語コーナーは、音楽やドラマなど韓流の影響で英語に次ぐ広さになった。だが、「朝鮮語」とうたう教材は、めっきり減った。

 日本では時代とともに「隣の国のことば」が、どう学ばれてきたのだろうか。=敬称略(桜井泉)