上り坂が、大好きだ。

 自転車女子個人ロードタイムトライアル(運動機能障害C1~3)の杉浦佳子にとって、起伏の激しい富士スピードウェイはうってつけの舞台だった。

 身長156センチ、体重40キロ台の体で生き生きと坂を駆け上がった。「下りとカーブは足を休めて、あとは全開」。8キロのコースを2周するレースで1周目からトップタイムをたたきだし、2位を20秒以上引き離した。パラリンピック初出場の50歳が、これまで46歳だった日本勢最年長金メダルの記録を塗り替えた。

 薬剤師をしながらトライアスロンに熱中していた2016年、レース中に転倒した。記憶や言語といった脳の分野に障害を負った。17年からパラ自転車の道へ。後遺症でコースを記憶するのが難しくなった。右半身の一部にはまひが残り、普段は歩くのに杖が欠かせない。

 体を支える左足の股関節が悲鳴をあげたのは、大会の3カ月前だった。「全く歩けなくなった」。病院へ通い、痛み止めの注射を打ってまでこの大会にかけた。自転車競技が行われているのは地元静岡。「信じられない。一生に1度あるかないか」

 強い思いで挑んだトラックの3000メートル個人追い抜きでは日本記録を更新したものの、4人による決勝に進めなかった。「ロードでは見てろよって思っています」。巻き返しを誓う強気の言葉を現実のものにした。

 9月3日には本命のロードレースが控える。発着場所は富士スピードウェイ。2冠を目指し、駆け抜ける。(藤田絢子、遠田寛生)