• アピタル

第1回苦しくて手放せぬボンベ 退院したら放置された後遺症

新型コロナウイルス

杉浦奈実
写真・図版
コロナ 後遺症のリアル① デザイン・甲斐規裕
[PR]

コロナ 後遺症のリアル①

 外出するときには、スポーツ用の酸素ボンベが手放せない。感染を境に、生活は一変した。

 大阪府内の人材派遣会社経営の男性(63)は新型コロナウイルスに感染し、回復したものの、後遺症に悩まされ続けている。

 少し歩いては、しばらく動けなくなるようなことが続いたため、市販の酸素ボンベを携帯するようになった。ポケットサイズで、付属品のマスクなどを取り付けて酸素を吸っている。

 「以前よりましにはなっているけど……」

 男性が異変に気づいたのは、4月中旬だった。前日にのどの違和感があり、翌朝に39度の熱が出た。

 「この時期、熱があったらコロナの疑いで病院にかからざるを得ないな」

 そう思ったが、周りに感染者はおらず、実際に感染しているとはあまり考えていなかった。

 しかし、近くの発熱外来がある病院を訪ね、駐車場で受けたPCR検査の結果は陽性だった。どこで感染したのかはいまもわからない。

写真・図版
男性が持ち歩いているスポーツ用の酸素ボンベ=男性提供

鳴りやまぬ警告音 家族に送った「やばいかも」

 幸いなことに、同居している妻と息子は陰性だった。ただ、そのまま自宅にとどまれば感染を広げてしまうリスクもあった。ホテルでの療養を希望することにした。

 そのときは空きがなく、入ることができたのは陽性判明から2日後だった。保健所が用意した車に、同じく感染した3人と同乗して向かった。

 ホテルの個室に入ってしばらくしても、熱は下がらなかった。「常時つけておいてください」と渡された、血液中の酸素濃度を測るパルスオキシメーターの数値は、ホテルに着いた時点で正常とされる96%を切っていた。

 ホテル療養に入った後も体調は悪化していった。「血中酸素濃度が93%になったらホテルに常駐の看護師に電話を」という館内の貼り紙に従い、看護師を呼んで部屋に来てもらったこともある。

 男性の様子を見て表情を曇らせたが「病院を手配してほしい」と頼んでも「医師の診断がいる」とのことだった。手配はしてくれたが、その日も次の日も医師の診断は受けられなかった。

写真・図版
入院して体調が上向いたころ、男性は正常値に戻った血液中の酸素濃度を示す写真を家族に送った=男性提供

 寝ようとしても、血液中の酸素濃度が90%を切り、パルスオキシメーターから警告音がピコピコと鳴る。とても寝ていられず、深夜3時過ぎに家族に「やばいかもしれない」とメッセージを送った。

 「酸素ボンベとか、ないの」と返信があったが、そうした処置はなかった。体調のせいで食べ物ものどを通らず、水だけで3日ほど過ごした後、やっと医師と電話がつながった。

 体調について説明すると、医師からは「すぐ入院しないといけないけれど、ご承知の通り、病床が空いていません」と告げられた。

 4月末当時、大阪府内では連日1千人を超える新規感染者がおり、病床占有率は実質100%を超えていた。

 男性もテレビやスマートフォンでニュースを見て、受け入れ先の病院を探して何時間も患者が救急車で待機したケースがあったことを知っていたが、まさか自分も同じ立場になるとは思っていなかった。

 「和歌山県とか、だめなんですか」

 男性の問いかけに、医師は「府外の病院は難しい」と答えたものの、自宅に近い府南部の病院以外にも入院できないかと照会してくれたらしい。その日の夜、高槻市の病院に緊急入院が決まり、救急車で移動した。

写真・図版
男性は療養先のホテルから緊急入院し、高槻市内の病院で処置を受けた=男性提供

入院、すぐ挿管? 「帰って来られますか」

 意識ははっきりしていたが、病院到着後に受けたCT(コンピューター断層撮影)検査などの結果を見た医師から告げられたのは深刻な病状を示す言葉だった。

 「(人工呼吸のため)挿管してもいいですか」

 挿管するということは、全身麻酔状態で意識を失うということだ。事前に同意を求められた。

 ウイルスのせいで肺の状態が悪くなっており、看護師からは「おぼれているのと同じような状態」といった言葉も聞いた。

 「帰って来られますか。まだ家族と話をしていない」

 男性が挿管への同意を渋ると、救急車内での酸素吸入で血中酸素濃度が少し改善していたこともあり、挿管はせずに酸素マスクで様子を見ることになった。

 しばらく状態が改善しない時間が続いたが、抗ウイルス薬レムデシビル(商品名ベクルリー)の投与などの処置を受け、徐々に回復していった。入院4日目にはマスクを外すことができるようになった。

 男性は数値が改善したパルスオキシメーターの写真を撮って家族に送った。入院してから10日後、退院することができた。

写真・図版
男性が入院中に病院から示された、コロナ治療薬レムデシビル(ベクルリー)についての説明書=男性提供

階段あがると「電池切れ」 犬の散歩さえ

 ただ、退院したら全てが元通りというわけにはいかなかった。

 少し歩くと息が苦しく、階段で2階まであがるとしばらく「電池切れ」のようになって、休憩しなければ動き出せない。飼い犬の散歩も思うに任せなくなった。

 「骨折でも、手術でも、その後に経過観察や過ごし方の指示があるじゃないですか。でも、コロナは後遺症も多いのに、病院から出たらほったらかしで、何をしなさいというのがない」

 症状はどうしたら良くなるのか、今自分の体の状態はどうなっているのか。男性はインターネットで堺市の邦和病院に後遺症外来があると知り、訪ねることにした。

 CT検査や血液検査の結果を見た和田邦雄院長から「3カ月くらいで治るでしょう」と言われた男性はほっとした。

 漢方薬の処方を受け、息苦しくなった時のためにスポーツ用の酸素ボンベは持ち歩いているが、体調は少しずつ上向いている。

 感染前はたばこを吸っていたが、「吸ったら間違いなく苦しくなる」と、これを機にやめることにした。

写真・図版
男性はスポーツ用の酸素ボンベを持ち歩いている

 男性には忘れられないことがある。入院中、隣のベッドにいた患者が亡くなったのだ。

 カーテンの向こうで大きな音がしたと思って隙間からのぞくと、病室に棺おけが運び込まれ、その場で遺体が納められていた。

 「気の毒で。僕はたまたま病院に来られたけど、1日遅れていたらどうなっていたかわからない。あの人も、もっと早くに入院できていたら死なずにすんだんじゃないか」

 朝日新聞の集計では、府が「第4波」と位置付ける3月1日以降の大阪府の感染者数は、7月1日までで5万6368人に上る。亡くなったのは1560人で、この間の全国の死者数の22.6%を占め、最多だ。2番目に多いのは東京で860人、12.4%だった。人口あたりの死亡数は、大阪が一番多かった。

 男性は「自分は助かったんでね、言わないと」と断ったうえで、こう話した。

 「都道府県によって、死者の割合は大幅に違う。同じ日本で、地域によって命に関わることを『諦めて』ですませていいのか。この1年、行政は何をしていたんだと思います」 コロナ感染に対する偏見がいまだに根強いことも心に引っかかっている。

 退院後、肺の様子を診てもらおうと連絡したなじみの病院は、なかなか受け入れの返事をくれなかった。

 「これだけコロナの人が増えているのだから、後遺症をもつ人も間違いなく増えている。感染後、通院して様子を見てもらえる病院がもっとあればいいのに」(杉浦奈実)

新型コロナウイルス最新情報

新型コロナウイルス最新情報

最新ニュースや感染状況、地域別ニュース、予防方法などの生活情報はこちらから。[記事一覧へ]