ヒトはいつからヒトか 胚「14日ルール」解禁の意味は

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聞き手・後藤一也
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 ヒトの受精卵(胚(はい))を使った研究について、各国は法律やガイドラインをつくり、受精から14日を超える胚の培養を厳格に禁じてきた。だが、国際幹細胞学会は5月26日付で、指針を改定し、科学や倫理の専門的な評価、承認を受ければ認める分類に変えた。これまで、なぜ14日でしばってきたのか。なぜいま、「14日ルール」を緩和するのか。受精卵をどこまで培養するのか。神経発生学が専門の大隅典子・東北大教授に聞いた。

受精後14日目は誕生日や結婚した日より重要?

 ――受精卵の培養について、なぜこれまで14日ルールがあったのでしょうか。

 ヒトはどの時点からヒトなのでしょう。受精のとき? それとも生まれたとき?

 今年1月に亡くなった有名な発生学者、ルイス・ウォルパートの「人生において最も重要なときは、誕生でも結婚でも死でもなく、原腸陥入(げんちょうかんにゅう)のときだ」という言葉があります。まさに胚で原腸陥入が始まるのが、受精から14日目ぐらいなのです。

 ――原腸陥入とはどういう現象なのでしょうか。

 細胞の運命が決まるのです。後戻りできない「ポイントオブノーリターン」とも言える重要な現象です。

 ヒトの胚は細胞分裂をしながら、受精から1週間弱で子宮に着床します。そこからさらに分裂を繰り返し、細胞が上の層と下の層の二層に分かれます。ここまでは厳密な意味で、まだ細胞の運命は決定されていません。

 そして、14日目ごろに「原始線条」という線ができて、上の層の細胞の一部がその線に沿って下に落ち込んでいきます。これが原腸陥入です。

 このイベントを境に、①上の層が神経や皮膚などになる外胚葉(はいよう)、②下の層が消化器などになる内胚葉、③落ち込んだ細胞が血液や筋肉などになる中胚葉となり、運命が決まるのです。

 さらに、14日目ごろにもう一つ大きなイベントが起きます。体に「左右」ができるのです。心臓が若干左側にあるように、ヒトの体は左右対称ではありません。

 受精から14日目ぐらいに一部の細胞に生えた毛がぐるぐる回り始めます。その回転によって物質の流れができて、ある遺伝子は必ず左側だけではたらくようになるのです。

 ――ただ、受精したときからヒトという考え方もあるのではないでしょうか。

 受精卵の中で、着床してさらに発生が進むのは全体の3割ほどと言われています。

 受精した時点でヒトだとすると、おなかの中でたくさんのヒトが死んでいると考えることになり、現実的な考えではありません。

 また、ES細胞(胚性幹細胞)は、受精して4~5日目の胚の一部を使います。

 詭弁(きべん)かもしれないですが、ES細胞をつくるために、受精から1週間の胚をヒトの萌芽(ほうが)と呼ぶにはまだ早いことにしないと、研究者の心が痛みます。

 もちろん、堕胎が21週までという点や、本当の意味での人権は生まれてからという点で、法律的なヒトの始まりとは異なります。

 ただ、生物学的な意味でどこからがヒトかということについて、研究では細胞の運命が決まるという意味などから、14日となったわけです。

 ――14日ルールを解禁するメリットはありますか。

 ヒトでは、着床はしたけれど…

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