第13回バイデン氏が加速する脱石炭 「助けがなくても生きる」

ウェストバージニア州=青山直篤

断層探訪 米国の足元 第三部③

 つづら折りの道路を、春の気配をまとう山の頂へと走る。米ウェストバージニア州ウィリアムソンから車で数十分の鉱山地帯。坂を上り切ると、見晴らしの良い、石炭の露天採掘場の跡地が広がっていた。スティーブン・スプラ(30)は、数日前の大雨で倒れた木を削り、新たに開いた道を区切る柵をつくっていた。

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石炭の露天採掘場跡地の再生事業に取り組むスティーブン・スプラ=3月5日、米ウェストバージニア州ミンゴー郡、青山直篤撮影

 スプラは、石炭産業依存からの脱却に向け、起業家支援や教育訓練を担うNPO「コールフィールド・ディベロップメント」を通じて働いてきた。直訳すれば「炭田開発」。だが、もちろん採掘をするわけではない。石炭と歩んできた地域の歩みを尊重した上で、産業構造の多様化を図ろうと取り組んできたNPOだ。

 スプラが取り組むのは、採掘場の跡地を農園などに再生するための施設整備や土壌改良の準備だ。「コールフィールド」は、環境浄化や再生可能エネルギー開発などに取り組む起業家や地元企業と連携し、就労と教育訓練を組み合わせたプログラムを提供している。スプラも働きながら2年制の地域大学に通い、農業や溶接の技術を学んできた。

 父や祖父たちの世代は、みな炭鉱労働者として働いてきた。スプラ自身、高校を卒業後はその道を継ぐつもりだったが、近くの炭鉱が閉鎖してしまった。「コールフィールド」を通じ、慣れ親しんだ大自然のなかで働き続けることができ、充実感を得ているという。

 「我々の先祖が石炭を掘り出し、いまの世代にはこの環境再生の仕事を残してくれている。大きな人生(生命)の循環だよ」

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石炭の露天採掘場跡地の再生事業に取り組むスティーブン・スプラ。跡地の地面にはまだ石炭が転がっている=3月5日、米ウェストバージニア州ミンゴー郡、青山直篤撮影

 コールフィールドの最高経営責任者(CEO)、ブランドン・デニソン(34)は「現場の人々は、石炭依存からの脱却が現に進んでいることを認識している」という。「石炭は経済の原動力であり、地域社会への帰属意識を支える象徴でもあっただけに、多くの人がつらく思っている。でも、新たな発想や起業家が生まれる余地が広がってきた」

 石炭産業の見通しは今後も厳しい。最大の要因は、同じ化石燃料の中での劣勢だ。2000年代の「シェール革命」で、国産天然ガスの価格競争力と供給の安定性が高まり、米国では11~19年、100を超える石炭火力発電所がガス発電に切り替わった。二酸化炭素の排出も、天然ガスの方が石炭より少ない。07年に米国の発電用エネルギーの5割を占めた石炭の割合は、20年には2割に急減した。

 さらに、パワーの安定性に課題はあるが、太陽光や風力など再生可能エネルギーの伸びも著しい。米エネルギー情報局によると、19年には、米経済がまだ木材などの再生エネに頼っていた1885年以来初めて、熱量ベースの消費量では再生エネが石炭を上回った。

 こうなると、アパラチアの化石燃料から膨大な利益を吸い上げてきた「ウォール街」の動きも早い。米金融大手JPモルガンは20年2月、売り上げの大半を石炭採掘で得ている企業への融資制限を打ち出した。

 こうした構造的な不況に苦しむ労働者の不満を追い風にしようと「石炭の味方」をアピールしたのがドナルド・トランプだった。ウェストバージニアは、過去の大統領選では「労働者の党」だった民主党候補が勝った例も多かったが、16年、20年とも、トランプが7割の得票で圧勝した。トランプは就任後、石炭産業への規制緩和を進める。それでも、炭鉱企業の破産や雇用減は止まらなかった。

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2016年5月5日、ウェストバージニア州チャールストンでの集会で演説するドナルド・トランプ。支持者らは親しみを込めて「トランプは石炭を掘る」と掲げた=中井大助撮影

 なぜ、ウェストバージニアのような貧しい地方が、貧困対策や社会保障の充実を掲げる民主党ではなく、トランプの共和党を選んだのか――。トランプ台頭の背景を探る重要な問いだ。ワシントンの政策エリートへの取材では、十分納得のいく答えは得られなかった。トランプを支持する炭鉱労働者らについても「古く汚い産業」にしがみつく後進的な人々、という視線で語られがちだった。

 デニソンは「リベラル派の間では『ウェストバージニア人は自分たちの利益にならないトランプを支持した』と決めつける見方も多いが、そうではない」という。「人々は、石炭の採掘や軍役を通じて国に貢献してきたことをとても誇りに思っている。リベラル派から、政府の支援に頼って生きろとでも言わんばかりの姿勢を感じると、誇りが傷つけられる。公共投資は重要だが、人々の誇りを土台にして進める必要がある」

 トランプを破って大統領に就いたジョー・バイデンは、1月20日の就任直後に、前政権が脱退した地球温暖化対策の「パリ協定」への復帰手続きを進める大統領令に署名した。さらに1週間がたった27日、気候変動対策関連の大統領令にも署名する。この際の演説は、過去の民主党の「失敗」を踏まえ、労働者の誇りに寄り添おうとする姿勢をにじませるものだった。

 「石炭を掘り、国を築き上げた人々を忘れることは決してない。こうした人々を正当に評価し、米国や地域社会を今後も支えられるよう保障する。鉱山の跡地を再生し、経済成長の起点をつくり、よい給料が支払われる雇用を創出する」

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炭鉱地帯と産業化の歴史は、犠牲を伴う事故や苦難の積み重ねでもあった。2010年4月25日、ウェストバージニア州の炭鉱で29人が亡くなった事故の慰霊式で祈りを捧げる副大統領のジョー・バイデン(中央)と大統領バラク・オバマ(右、肩書はいずれも当時)=ロイター

 さらに強調したのは、知事や市長、若い起業家らとの連携だ。「若い人々に、連邦政府がすべての力をかけて協力すると伝えたい」

 バイデンは、コロナ禍で世界大恐慌以来の不況に沈んだ契機もとらえ、連邦政府の財政支出や市場介入を強化することで、格差是正や景気回復をはかろうとしている。恐慌後の「ニューディール政策」で米国を再建した32代大統領フランクリン・ルーズベルトを意識した「ニュー・ニューディール」ともいえる潮流だ。

 トランプに席巻されたアパラチアの製造業地帯の首長からも、これに呼応しようとする動きが出ている。

 大統領選後の昨年11月には、ウェストバージニアの中核都市ハンティントン市長のスティーブ・ウィリアムズら8人が、「Middle America」(米中部・米中産階級)への「マーシャルプラン」の発動を訴える記事を米紙ワシントン・ポストに寄稿。第2次世界大戦後の欧州復興援助計画にちなみ、この地域の技術革新を促す巨額投資を求める内容だ。

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ウィリアムソンやメイトワンのある米ウェストバージニア州の鉱山地帯。露天掘りで地表が露出した部分も目立つ=3月5日、米ウェストバージニア州ミンゴー郡、青山直篤撮影

 バイデンは1月に早くも1・9兆ドル(約200兆円)の追加経済対策米議会に促した。上院(定数100)は与野党の勢力がちょうど半々で、投票結果が50対50の時にはハリス副大統領が1票を投じられるため、実質的に民主党がギリギリの過半数を握る。議会は3月、追加経済対策の実施法案を可決し、野心的な経済政策が本格始動した。

 バイデンは矢継ぎ早に3月末、8年間で2兆ドル(220兆円)超という巨額のインフラ投資案を発表。「クリーンエネルギーが労働者や農民にもたらす好機を逃さない」。かつてアパラチアの鉱物資源が支えた鉄鋼の街、ピッツバーグでの演説ではそう訴えた。化石燃料依存からの脱却に向けた気候変動対策を柱に、先端産業の育成や雇用増を狙う。炭鉱跡地の埋め戻しなど具体的な項目を挙げ、気候・クリーンエネルギー関連の投資の4割は貧困地帯に充てる方針も掲げた。

 こうした大胆な「パラダイムの転換」(バイデン)を実現できるかは財政権限を握る議会の動向しだいだ。特に上院では、与党から1人でも造反が出れば実現は危うくなる。そこで急速に影響力を高めるのが、ウェストバージニア州選出の民主党議員ジョー・マンチンだ。与党の最右派として造反も辞さない姿勢を保つ。その1票を通じ、ウェストバージニアの世論の重みは増幅されつつある。

 マンチンは4月19日、米国鉱山労働者組合(UMWA)議長と参加した講演で「なぜウェストバージニアが共和党の州になったか?」と聴衆に問いかけた。

 「我々はベトナム戦争の帰還兵のように感じてきたからだ。求められるまま黙々と『汚れ仕事』を完璧にやり遂げた。それなのに、今やこれほどの苦境に立たされている。だからウェストバージニアを、またあらゆる製造業地帯を置き去りにしてはいけないのだ」

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石炭の露天採掘場跡地の再生事業に取り組むカレブ・ハンショー=3月5日、米ウェストバージニア州ミンゴー郡、青山直篤撮影

 こうした流れは、10年に発足後、脱石炭依存に向けた地域再生に着実に取り組んできた「コールフィールド」のような団体にとって追い風にも見える。スプラの指南役として土地再生に携わってきた職員カレブ・ハンショー(32)は言う。

 「地域のニーズはその地域が一番よくわかっている。我々は過去100年の自らの歴史や誇りを絶対に手放さない。それをわかってくれるならいつでも心を開くし、連邦政府の指導力も一番うまく働くと思う」

 ハンショーは親族などに民主党員の多い環境で育ったが、過去2回の大統領選ではトランプに投票した。「オバマは最高の演説家だったが実行力が伴わなかった。トランプは粗野だが、言ったことをやろうとする率直さがある。ここで求められているのはロマンチックな演説ではなく、現実に向き合ってやり抜く力だ」

 それでも、国を思う気持ちの強いハンショーは、オバマ政権のときもバイデン政権のいまも、大統領とその家族の平安を願って毎日祈りを捧げてきたという。

 「権力者には敬意を払うし、難しい立場もよくわかる。バイデンが言葉通りに動いてくれればうれしい。でも、助けがあろうがなかろうが、我々は生き残る。偉そうだと思わないでほしいが、いつもそうしてきたのがここの人間なんだ」=敬称略(ウェストバージニア州=青山直篤)

連載断層探訪 米国の足元(全30回)

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