最低賃金、労使早くも攻防 生活できない、雇用が優先…

専門記者・木村裕明、藤崎麻里、山本恭介

 今年の最低賃金(最賃)の引き上げを巡る議論を前に、中小企業の経営側と労働側の「攻防」が例年よりも格段に早く始まった。日本商工会議所など3団体は15日、コロナ禍の経済情勢を踏まえ、現行水準を維持するよう主張。労働側もこの日、エッセンシャルワーカーや非正規労働者が苦境にあるとして大幅な引き上げを求めた。

 中小企業3団体が最賃について共同会見を開くのは初めて。最賃は雇い主が働き手に最低限支払うべき時給で、全国加重平均で1千円をめざす政府方針の見直しを要望。日商の三村明夫会頭(日本製鉄名誉会長)は「最賃は下方硬直性が強い。さらなる景気後退で業況が悪化すれば、企業は雇用調整せざるをえなくなる」と訴えた。

 日商は会見に先立って開かれた二階俊博幹事長ら自民党幹部との懇談でも最賃の水準維持を求め、「事業の存続と雇用の維持が最優先の課題だ」と訴えた。全国の中小企業を対象に日商が実施した最賃に関する調査によると、現在の最賃額が「負担になっている」と回答した企業は55.0%。コロナ禍で大きな影響を受ける宿泊・飲食業では82.0%にのぼる。

 最賃は毎年見直され、夏に労使が厚生労働省の審議会で議論した上で決まる。年3%程度の引き上げをめざした安倍晋三政権下で、2016年から政府目標に沿う形で25円以上の引き上げが続いた。だが昨年は新型コロナによる経済への影響を考慮し、厚労省の審議会は「現行水準の維持が適当」と答申。前年より0.1%(1円)増の902円にとどまった。

 経営側が警戒するのは、菅義偉首相が最賃の引き上げに前向きな姿勢を示していることだ。総裁選の公約に盛り込んだほか昨年10月の所信表明演説でも明言するなど、引き上げに積極的だ。官房長官だった昨年5月の経済財政諮問会議では「年5%めど」に引き上げることを提案した民間議員に賛成したともされる。この夏の議論に向け、先月の経済財政諮問会議でも「早期に全国平均1千円とすることをめざす」と改めて意欲を示した。

 コロナ下の引き上げに警戒感が広がる背景には、菅首相のブレーンの元金融アナリスト、デービッド・アトキンソン氏が昨秋の成長戦略会議で、最賃の段階的な引き上げを通じた中小企業の再編と生産性の向上を主張したこともある。3団体は要望で「強制力のある最賃の引き上げを政策的に用いるべきではない」とも主張した。

 日商などは、都道府県ごとに異なる最賃を全国一律の額にすべきだとの主張が与野党を問わずに出ていることにも神経をとがらせている。泉雅文・高松商工会議所会頭(JR四国相談役)は「一元化すれば、地方では経営環境が厳しさを増し、非常に大きな問題になる」と牽制(けんせい)した。

 15日は労働側も声を上げた。連合の神津里季生会長は会見で「時給1千円になったとしても年間2千時間働いて、やっと年収200万円。日本の最賃は先進国のなかで置いてけぼり。若い方々が人生設計に展望がもてる最賃にしていかないと」と指摘。中小企業3団体の要望に対し「予防線をはられている。むしろ政労使で知恵をだしあって計画性を持ち、どう上げていくのかという議論をしていくべきだ」と主張した。

 全国労働組合総連合(全労連)も会見を開き、コロナ禍で苦境にある非正規や女性労働者が多いエッセンシャルワーカーの待遇改善に向けて、最賃の引き上げを訴えた。

 この日は、介護や保育、小売りなどで働くエッセンシャルワーカーもオンラインなどで参加し、苦しい生活の現状を訴えた。山形県の生協労連の竹田佳代さん(45)は複数の仕事を掛け持ちする人の事例を紹介し「手取りは少なく、とても生活できない。低賃金、長時間労働では体が持たない。最賃の引き上げを求める」と訴えた。

 今年は総選挙を控え、最賃の底上げは政権のアピールにもなる半面、中小企業の経営を圧迫し雇用が失われる恐れもある。6月にまとめる政府の「骨太の方針」でどこまで踏み込むのか、菅政権は難しい決断を迫られている。(専門記者・木村裕明、藤崎麻里、山本恭介)