小説10年書けない、でもあの子のために 高橋克彦さん

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聞き手・御船紗子
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 〈思うように書けなくなった。「小説すばる」などで手がけていた連載3本は休載したまま、あの日から10年が経とうとしている。この地で生きてきたが、当事者ではない自分に何が書けるのか。作家は今も立ち尽くしている〉

 連載はほとんどが時代小説。みんな苦しんでいるのに、俺は江戸ののんきな話を書かなきゃいかん。プレッシャーというより、恐怖感が強かった。とはいえ、連載を無視して短編を書かせてもらえるような世界じゃない。それが業界の不文律だから。けじめとして連載をやめるしかなかった。

 〈盛岡市在住の作家・高橋克彦さん(73)。江戸川乱歩賞や直木賞などを受賞し、NHK大河ドラマ「炎立つ」の原作も手がけた。東日本大震災後、抱えていた連載を全て休載。積極的な活動はほとんどしていない〉

 震災後に一から書き上げた長編は昨年7月の「水壁(すいへき) アテルイを継ぐ男」(講談社)くらい。文学ってのは、昔はもっと多くの人に求められていた気がする。戦時中はロウソクの明かりで本を読み、小説に希望をみいだしたという。自分の仕事に自信を持っていたし、意味のある仕事をしているんだと思っていた。それが、震災の後は、一番必要ないものじゃないかと思えて。

心の底の不安とプレッシャーと

 〈震災から数日後、盛岡市の中心街を歩いた。スーパーやガソリンスタンドに人が並ぶ一方、書店は閉まったままだった〉

 ラジオでは『あそこがまだ開かない』『ミルクがどこで買える』と情報が行き交うのに、『本屋が開いてない』と言う人は1人もいなかった。スーパーやガソリンスタンドの人たちが、自分がいかに重要な仕事に就いているのか実感しているとき、俺は無意味な仕事をしていると気付かされた。震災は人生観を変える分岐点だった。それが尾を引いて、今までほとんど休筆状態。答えを出せないままずーっと。

 〈震災について小説を書くという気持ちはなかったのだろうか〉

 震災当時、沿岸にいたわけじ…

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