あの日、私はわきまえた女だった 藤野可織さん寄稿

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 森喜朗氏の女性蔑視発言を聞いて、作家の藤野可織さんは、ある日のやりとりを思い出した。いつまでも忘れられない「とてもささやかな出来事」について、つづってもらった。

 ふじの・かおり 1980年京都市生まれ。2006年「いやしい鳥」で文学界新人賞を受けデビュー。13年「爪と目」で芥川賞。著書に、女性同士の名探偵と助手を描く『ピエタとトランジ〈完全版〉』など。

 その日、私は仕事関係のイベントに出席するためにタクシーに乗った。行き先を告げてしばらくして、運転手さんが話しかけてきた。壮年の男性だった。お笑いのコントのはじまりみたいだった。「しかし最近なにかというたらすぐセクハラ、セクハラですなあ」運転手さんの声は朗らかで、大きかった。

 「でもセクハラはセクハラやと思います」私は蚊の鳴くような声で言った。

 「前職で一緒やった女の子らとまだつきあいあるんですがね、その子らもそう言いよりますわ。そんなこといちいち言うてたらこっちはなんも言えへんやん」

 「でもセクハラは……」私は同じことを繰り返そうとした。そこへ、「そうでっしゃろ? せやしこっちはこれまでどおり、言いたいことは全部言うてまっせ」と楽しげな運転手さんの声がかぶさった。

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 私の頭の中で、色々な情報が…

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