がんステージ4だった笠井アナ「私は昭和の患者だった」

有料記事がんとともに

聞き手・上野創
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 テレビ局を退社してフリーに転身した一昨年秋、血液のがん・悪性リンパ腫のステージ4と告げられたアナウンサーの笠井信輔さん(57)。新型コロナウイルスの感染拡大に翻弄(ほんろう)されながらも、治療が順調に進み、現在は仕事を再開しています。がんを経験し「足し算の縁」に気付いたと語る笠井さんに、体験を伺いました。

 ――悪性リンパ腫と告知されたときの心境は。

 診断がつきにくい病気なんです。一昨年の春すぎからたまに体調がおかしく、やがて頻尿となり、排尿時には激痛が走るようになりました。腰も肩も痛くなって、夜にトイレに立つのも厳しい。泌尿器科を2度、受診したのですが、「前立腺肥大、がんではない」と言われました。病名が確定するまで、4カ月もかかりました。

 この病気の場合、そういう人は少なくないと、後から知りました。

〈かさい・しんすけ〉 1963年、東京生まれ。フジテレビのアナウンサーとして「とくダネ!」などの情報番組を担当。フリー転身後、56歳だった2019年秋、悪性リンパ腫がわかり、12月に入院。20年4月に退院し、著書「生きる力 引き算の縁と足し算の縁」(KADOKAWA)で体験をつづった。

 ――体はかなりつらい状態だったそうですね。

 症状は悪化するばかりでした。あるときトイレが間に合わず、屈辱ですがオムツをすることにしました。痛みで起き上がるのが大変なので、介護ベッドを買うほどになり、信号が赤になりそうだから走ろうと思っても、できなくなっていました。

 日本人の2人に1人はがんにかかると知っていましたよ。でも、自分は無縁と信じ切っていたんです。だから、がんを告げられたときはすごいショック。備えておくべきでした。

 しかも全身に転移し、ステージ4なんて。死ぬのか、とうろたえました。

 ――情報はどうやって集めましたか。

妻は「間違っているんじゃないの?」

 妻の強い勧めでこの病気に詳しい医師を探し、セカンドオピニオンを依頼しました。2度、「がんではない」と言われ、4カ月も判明しなかった末の診断ですから、「本当にそうなの? 間違っているんじゃないの?」と妻が言うのも分かります。

 ただ、私としては親身になってくれた先生(医師)に「別の病院で診てもらいたい」と言うなんて、申し訳ない、言いづらいという気持ちでした。体も相当つらかった。「この病院でいいんじゃない」とも思いましたが、先生は嫌な顔をするどころか、データをすべてセカンドオピニオンをお願いする先生に送ると言ってくれました。もう、そういう時代なんですよ。私が「昭和の患者」だったのでしょう。

 ネットで情報を調べるのは少しだけにしました。ネットは、不正確だったり、実はビジネス、金もうけとつながっていたりする情報も多いと分かっていましたから。飛びつくのは危険ですし、読んでいるうちに気持ちがすさみ、心が病みそうなものもある。

 医療者や医療機関が最新の情報を説明していて、ビジネスとつながっていないサイトならば信頼できますが、とにかく何でもネットで調べる時代だからこそ、気をつけないと。

 一方、経験者の話はとても参考になりました。治療や薬は日進月歩で、少し前の治療でさえ古くなっていきますから、うのみはダメですが。

 ――がんが分かったのは、転身直後。さらに入院中にコロナ感染が拡大しました。

SNS・ブログで自分をさらけ出したら…

 入院は2019年12月で、フリーになって2カ月後。バラエティー番組にも出られるようになった矢先ですから、なんて運が悪いんだと思い、キャンセルした仕事を数えて落ち込みました。

 ただ、1回目の抗がん剤を投与したあと、すぐに排尿障害も痛みも良くなり、びっくりしました。あんなに尿が出なくて苦しかったのに、あんなに全身が痛かったのに、あっという間に楽になった。薬の進歩はすごいものだと身をもって知りました。

 その後、新型コロナの感染が広がり、だれも見舞いに来られなくなり、一時は家族の面会も制限されました。

 そんな中、励まされたのが、SNSでのやりとりやブログへの反応でした。苦しさやつらさなど、無様なこともさらけ出して書いたら、「私も同じでした」「後に楽しい日々が待っています」など、同じ病気の経験者や家族から、多い日は1千を超えるコメントをいただいたんです。ありがたいなあと思いながら、毎日読んでいました。

 実際、治療はきつかった。薬の副作用のだるさや食欲不振に悩まされ、髪の毛も眉毛も抜けました。だけど、どん底でも光はあり、新たな出会いが必ずあるものだとつくづく思いました。がんが良かったとは言えない。でも「引き算の縁」だけでなく「足し算の縁」もあるんですよ。

 ――ご家族との関係も変わったとか。

記事の後半で笠井さんは、がん治療をきっかけに変化した家族との距離感や、コロナ禍でがん患者として生きる「恐怖」についても語ります。文末には、笠井さんご夫妻が登壇するイベントの告知もあります。

 猛烈に働き、ずっと仕事ばか…

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