新型コロナウイルスの感染拡大防止のため、1951年に始まって以来、初めて無観客開催となった2020年の紅白歌合戦。識者の目にはどう映ったのか。長い歴史で見ると、白組司会の大泉洋さんが、赤組のSuperflyに「ブラボー!!」と声をあげた意味は、時代によって異なって見えるという。「紅白歌合戦と日本人」の著者で社会学者の太田省一さんに話を聞いた。

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 日本で暮らす人々が紅白を見続けてきたのは、そこに心の中の「ふるさと」とつながる「安住の地〈ホーム〉」を見いだしてきたからだと考えています。

 1960年代の高度経済成長には、一家だんらんでテレビにかじりつく家庭が多かった一方で、集団就職で地方から都会に出て1人で見る若者もいました。そうした時に坂本九さんが「見上げてごらん夜の星を」を歌えば、ふるさとにいる家族とつながるような一体感を持つことができました。

拡大する写真・図版東京・渋谷のNHK放送センター

 平成になり、バブル崩壊や災害など、社会に閉塞(へいそく)感が強まるたびに、紅白は「歌を通じてつながっていこう」というメッセージを打ち出しました。10年前に東日本大震災が起きた際には、北島三郎さんは、お祭りムードの「まつり」ではなく故郷を思う「帰ろかな」を歌い、岩手出身の千昌夫さんが望郷歌「北国の春」を歌った。

 今回もコロナ禍で帰省できない人が多かったからこそ故郷や家族を思うメッセージがありました。福山雅治さんは結婚ソングによく使われる「家族になろうよ」を、家族の絆の大切さを見つめ直す意味で歌った。

松田聖子さんの「瑠璃色の地球」も、「世界の危機 祈りを込めて」というテロップが入った。嵐が歌った「カイト」は、前回は東京五輪・パラリンピックを意識して新国立競技場で歌われましたが、今回はコロナ禍を踏まえ間奏で「明けない夜はないと信じて」とメッセージを発した。そうした紅白の位置づけが色濃く打ち出された年だったと思います。

音楽に出会う見本市に

 近年は、音楽の嗜好(しこう)、ヒットが出る形も多様化していることを受けて紅白もその年の誰もが知る曲をもう一度鑑賞する場ではなくて、初めての音楽に出会う見本市にもなっていると思います。

 そういった意味合いを含めて、(2人組の音楽ユニット)「YOASOBI」は光るものがありました。ネット発で「夜に駆ける」という曲が大ヒットしたのですが、紅白に出場した時点では、CDを出していませんでした。また、紅白がテレビ初パフォーマンスのため、初めて知る人もいたかと思います。

拡大する写真・図版NiziU(NHK提供)

 また、「小説を音楽にするユニット」ということで、壁一面に本棚がある「角川武蔵野ミュージアム」で歌いました。メンバーのAyaseさんは、ボーカロイドプロデューサーという側面もあります。時代を象徴していたし、演出は白眉(はくび)でした。「NiziU(ニジュー)」も初めての音楽に出会うという意味では同様です。出場が決まった時点では、CDを出していなかった。なぜ選ばれたかというと、ミュージックビデオでしょう。縄跳びダンスの「Make you happy」がはやりましたから。

 普段の紅白は一年を締めくくるお祭り的な雰囲気もある番組です。ただ、今回は、お祭りで醸成されるような一体感はありませんでした。一方で歌手たちの歌を1曲1曲じっくり、聴かせました。歌手の人たちのコメントから新型コロナを意識されていることが分かりましたし、密を避けるための複数のステージの中にオーケストラの演奏ステージもありました。コロナ禍を背景にした一体感の中で、歌をじっくり聴けた満足感が視聴率に反映されたのかなという印象です。

 歌を聴かせるつくりは、白組司…

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