テレビでは伝えられなかったこと 災害映像アーカイブに

有料記事

土井恵里奈 池上桃子 貞国聖子
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 繰り返される災害の風化を食い止めようと、過去の災害映像を公開する動きが進んでいる。根底には災害映像を「社会全体の財産」ととらえる発想がある。どのような取り組みなのか。

 ABCテレビ(大阪市)は昨年1月、サイト「激震の記録 1995 取材映像アーカイブ」(https://www.asahi.co.jp/hanshin_awaji-1995/別ウインドウで開きます)を立ち上げた。1995年1月17日の阪神・淡路大震災の発生直後から、約7カ月の取材で撮りためた映像の一部、約38時間分を無料で公開している。

 汚物であふれかえり、便器の見えなくなった避難所のトイレ。足りない食料を前に飛び交う怒号、遺体安置所に並ぶいくつもの棺(ひつぎ)。ナレーションを排した数十秒から数分の動画に、26年前の大震災の生々しい被災の実態が映し出される。ニュースなどで使われたのはごく一部にすぎず、大半は埋もれていたもの。そこには、目を背けてはいけない被災地の苦しみがにじむ。画面にはなるべくモザイクをかけず、ありのままを伝えることにこだわったという。

 公開後の反響は大きかった。サイト開設から2週間でページビューは12万を超えた。アクセスした約6割が18~44歳で、震災当時は未成年かまだ生まれていない人だった。放送文化基金賞や日本民間放送連盟賞も受賞。放送界から高く評価された。

 昨年11月には台風、水害なども網羅したサイト「暮らしを襲った災害の記録 取材映像アーカイブ」(https://www.asahi.co.jp/disaster_archive/別ウインドウで開きます)を新設。2017年に列島を直撃した超大型の台風21号など近年の災害のほか、映像が残っていない古い時代の災害も資料などを閲覧できる。情報は随時更新し、サイトの完成は21年秋を予定している。

 なぜ、膨大な映像の公開に踏み切ったのか。

 プロジェクトを企画した同社報道記者の木戸崇之さん(48)は「取材映像は自社だけでなく社会の財産。放送局のライブラリーに押し込めたままではいけないと思った」と話す。

 阪神・淡路大震災の年に入社し、いくつもの災害現場を踏むなかで、取材映像の活用法にもどかしい思いを抱いてきた。「放送されても、その後多くは眠ったまま。いつか忘れ去られるという心配があった」

 例えば避難所のトイレや遺体をめぐる映像、被災者の顔のアップ。いずれも被災地の現実だが、衝撃の大きさやプライバシー意識の高まりを考慮し、近年は放送を控えることも多い。「結果的にいま放送される阪神・淡路大震災の映像の多くが高速道路の倒壊と火災の空撮になっている」と木戸さんは指摘する。

 見えにくくなっていく被害の事実。しかも当時は今のようにスマートフォンなどは普及していない。局に残された映像はなおさら貴重で、CSR(企業の社会的責任)活動の一環として公開を決めた。

 ただ、被災者の肖像権は大きな課題だった。可能な限り当時の被災者を探して意向を尋ねたが、見つからないほうが圧倒的に多かった。それでも最終的に公開に踏み切ったのは、被災者の思いを尊重しつつ、災害の教訓を伝えていくという問題意識があったからだ。ひどく取り乱しているなど本人が見た場合に嫌な気持ちになる映像以外は公開する判断をした。

 ABCテレビは、阪神・淡路大震災後に生まれた世代の意見を聞こうと、近畿大や立命館大の学生たちに過去の取材映像を見てもらった。

 「カメラに向かってこんなに思いを語る被災者を見たことがない」「局が、伝える情報を取捨選択するのはやめて」。近年頻発する災害映像を見慣れているはずの若者たちだが、意外な反応だったことも、局の判断の後押しとなった。

 昨年12月には、阪神・淡路大震災の取材映像アーカイブを書籍化。サイトから選んだ約360の映像を掲載し、QRコードでスマホでも見られるようにした。

 社会全体の防災意識は高まる一方で、現場取材は難しくなっている。そんなジレンマを乗り越えて、災害の記憶をどう刻んでいくのか。「サイトを作っても、忘れられていくだけ。紙という記録媒体に残すことは大切だと考えました。今の視聴者だけを見るのではなく、何百年たっても災害の教訓を伝えていけるようにしていきたい」と木戸さんは話している。

 さらに、過去の災害映像を提供してもらうよう、全国の自治体や個人に呼びかけている。

 眠っている映像をアーカイブ化することで、広く社会の知見を生かす狙いがある。時間がたつほど風化は進むため、外部と連携しながら精度の高いアーカイブづくりをめざす。

 プロジェクトのメンバーで同社CSR推進部の高谷充重さんは「災害時の映像をどう活用すればいいのか、もてあましているケースもあると思う。自社にとどまらず幅広く連携し、映像という財産を共有していきたい」と話す。

 映像を使いたいという声が寄せられた場合は、柔軟に対応する。防災の講習会や学校での教材として、積極的に活用してほしいという。(土井恵里奈)

公開しなかった映像 「いまも悩んでいる」

 災害アーカイブの構築はABCテレビ以外の放送局も進めている。課題や悩みも浮き彫りになっている。

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