夜よ、さらば 密の世を捨てアサッテへ 寄稿・五木寛之
新型コロナウイルスの勢いが収まらないまま2020年が終わろうとしている。先行きが見通せない不安を多くの人が抱えるなか、作家・五木寛之さんの人生観を描いたエッセー「大河の一滴」が再び注目を集めた。五木さんにこの一年を振り返っての寄稿をお願いしたところ、半世紀以上にわたる作家生活に、ある大きな変化が起きたことがつづられていた。
いつき・ひろゆき 1932年、福岡県生まれ。98年刊行のエッセー『大河の一滴』が今年、コロナ禍で再び注目を集め、34万部が増刷された。69年に連載を始めた「青春の門」シリーズの最新刊に『新 青春の門 第九部 漂流篇』。
この原稿を、冬日のさす窓際の机にむかって書いている。
これは私にとっては異常なことである。なにしろ新人作家として一九六〇年代に仕事をはじめて以来、昼間に原稿を書いたことなどほとんどなかったからだ。
ふり返ってみれば半世紀以上、そんな生活を続けてきた。昼間は寝ていて、夜になるとごそごそ起きあがる。むかしの泥棒さんと同じような暮らしだった。
あるとき、友人の医師から忠告されたことがあった。
「ちゃんと早起きして、朝日を浴びるようにしろよ。そんなことやってると長生きしないぞ」
彼に言わせると、日光にはビタミンDとかをつくりだす働きがあるという。
「いや、いや、毎日、朝日を浴びてから寝るようにしてるから大丈夫」
と応じたら呆(あき)れていた。
いつもベッドに入るのが朝の八時ごろである。
それからしばらく、できるだけ面白くない本を読む。読んでいて眠くなるような難しい本がいい。二、三ページで眠気を催せば最高だ。
いつのまにか眠りに入り、目をさますとあたりは暗くなっている。
ときどき日中に野暮用があったり、旅にでかけたりする。そんなときは、ほとんど徹夜である。一日か二日ぐらい眠らなくても平気だった。
そんな生活がずっと一生続くのだろうと思っていた。ところが今年の春ごろから、思いがけない異変がおきたのだ。
ちょうど新型コロナが流行し…
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