コロナ下の「清貧」に賛否 「不変の思想」か「寝言」か

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今田幸伸
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 バブル崩壊後の日本で、一世を風靡(ふうび)した本がある。作家・中野孝次(1925~2004)の『清貧の思想』だ。鴨長明、良寛ら古人の簡素な生き方を紹介し、拝金主義に踊った日本に猛省を促した。20年余が過ぎ、コロナ禍で格差と貧困が拡大する今、「清貧」のメッセージには様々な思いが交錯する。

 「Jリーグ」が日本新語・流行語大賞の年間大賞に選ばれた1993年。流行語部門の銀賞に輝いたのは「清貧」だった。バブル経済の破綻(はたん)から2年。死語同然の言葉をよみがえらせたのは、前年秋に草思社から刊行され約70万部を売り上げた『清貧の思想』だった。

 本阿弥光悦、鴨長明、吉田兼好、良寛ら富貴と名利の俗を離れた古人の生き方を紹介し、日本には「ひたすら心の世界を重んじる文化の伝統がある」と説く。「猫も杓子(しゃくし)も株をやって財テクをしないのは人ではないような風潮」を「終始にがにがしく思っていた」著者は、外国人に向けて話すという体裁で「みずからの思想と意志によって積極的に作りだした簡素な生の形態」としての清貧に再び脚光を浴びせた。

 「私自身も含めて大半の日本人が空気の底にある何かがおかしいと感じていた時に、時代の流れとは逆のメッセージを打ち出したのが刺さったのでしょう」。刊行時、営業を担当した草思社専務の渡辺直之さん(66)はヒットの理由をそう振り返る。刊行から半年で2千通以上の読者カードが版元に寄せられた。「生活を見つめる、よい機会が与えられた(略)“清貧”には澄んだ響きがある」(当時32歳、男性)など、狂騒に疲れた読者の共感は広がった。

 とはいえ、反発も少なくなかった。経済評論家の内橋克人氏は本書の解説で、バブル崩壊後の不況からの脱出を説く著名なエコノミストが「清貧ではダメなんだ」とテレビで語ったと紹介している。経済の低迷が長引くにつれ、「清貧」は再び忘れられていった。

「豊かな時代」だからこそ言えたこと

 格差と貧困の拡大・固定化が進み、多くの人にとって景気上昇の実感がつかめないままコロナ禍にも見舞われたいま、「清貧の思想」はどこにあるのだろうか。

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 文芸評論家の斎藤美奈子さん…

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