ベートーベンの晩年を追体験 ピアニスト小山実稚恵
編集委員・吉田純子
なぜ私はこんなに音楽に恋し続けているのだろう――。ベートーベンの森に深く分け入ることが、音楽の道を歩む人生の意味を、あらためて自らに問い直す契機になったとピアニストの小山実稚恵は語る。名実ともに、日本の音楽界を代表するトップランナーだ。後期のピアノソナタ2曲を収めた新譜の録音で、いまを豊かに感じることを飛躍の礎とした、晩年の楽聖の心を追体験したという。
ベートーベンは今年が生誕250年。新たな響きの地平を開かんとする野心に導かれたピアノソナタ全32曲は、無限の独創性と多様性の宇宙だ。強烈な自我をまとう楽曲ぞろいだが、今回録音した第28番イ長調の、邪心を削(そ)いだ無垢(むく)な表情に、以前からずっと心ひかれていたという。
「いつものベートーベンの、ガツンとくる明快な『匂い』じゃなく、『香り』のようなものが静かにたちのぼってくる。冒頭の和声の移ろいなど、不安になるくらい所在なげなんだけど、その気配が高貴で美しくてたまらない」
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自我の炎をふっと消し、たち…
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