介護のため毎年約10万人が離職していると言われています。菅義偉首相は「介護離職ゼロ」を掲げ、2020年代初頭までに50万人分以上の介護の受け皿を整備するとしています。しかし、土台となる介護職の人手不足は深刻です。アンケートでは、介護のための費用を心配したり、仕事と介護の両立に悩んだりする人たちからの声が寄せられました。

不安ばかり ■ 公助の手を

 デジタルアンケートに寄せられた声の一部を紹介します。

●認知症の母介護 心がきつい

 母は85歳。中度の認知症の一人暮らしで、週2日ほど泊まりに行って介護しています。デイサービスや介護ヘルパーさんなどを利用し、どうにか暮らし続けていますが、先のことを考えると不安になります。家族や兄弟は母の認知症は大したことはないと思っていて援助はありません。ケアマネジャーもケアプランは作ってくれるものの、私の心の支えになってはくれません。同じ言葉を繰り返す母と一緒にいるとストレスからか声を荒らげて怒ってしまうこともあります。老老介護の殺人や自殺などの記事を見るとひとごとではないと感じます。(神奈川県・50代男性)

●働きに見合った賃金を

 認知症の親がグループホームで生活しています。介護職員さんのやる気頼みで運営されているように思うので、働きに見合った賃金が支給されればいいと思います。そして介護職員さんが増えてくれたらいいなと思います。(東京都・40代女性)

●ダブルケアと仕事の両立を

 介護と子育てが重なるダブルケアには遠距離介護、育児との課題があり、仕事の両立が難しい。女性がケアラー(介護者)になるべきだといった価値観を崩す取り組みをしてほしい。少子高齢化や晩婚化で誰もが育児介護を担う時代であるという意識を企業に根付かせる取り組みを行い、育児介護休暇や時短勤務を気兼ねなくとれる社会になってほしい。また、復帰後に不利益を被らず、以前と同じように裁量権のある仕事ができるように働きかけてほしい。(大阪府・20代女性)

●ケアラー支援法制定を

 ケアラー支援に向けた法律を制定してほしい。(福岡県・40代男性)

●仕事と介護の両立支援して

 親の介護と仕事との両立支援をしてほしい。(神奈川県・50代女性)

●介護する側の状況にも目を向けて

 ボクは2009年12月に脳卒中で車いす生活になりました。現在65歳。父はなく、93歳の母が特養に入れてホッとしました。老老だけでなく、障害のある子が老いた親を介護する問題などさまざまな介護状況にどう対応するか、きめ細かく誠実な対応が政府に求められると思います。(千葉県・60代男性)

●しんどくて人手は足りない

 訪問介護の仕事をしています。現場では人手不足が深刻。介護事業所も組織、会社であり、利益がなければ存続できません。需要は多くなってきているのに、人手が足りない。しんどいばかり。しんどさの割には給与に反映されていない……。もっと給与を上げて魅力のある仕事にするべきです。(大阪府・40代女性)

●親の施設 住み替え困難

 義母が施設に入居しているが、遠方で経済的、時間的に会いにいくのが困難。私も家内も60歳代であり、自身の老後も考え、近くの施設に入居させようとしても金銭負担が大きすぎて無理だ。また、介護現場は労働環境が悪く、スタッフの入れ替わりが激しい。ロボットの導入など現場の一刻も早い改善が必要。(京都府・60代男性)

●祖父母の介護で就活にも支障

 大学生です。祖父母の介護を両親に手伝わされています。ろくに就活や勉強ができません。両親はすでに定年と定年間近で、祖父母が亡くなった後には両親の介護が始まるだろうと思うと、介護だけで人生が終わるのではと心配です。(愛知県・20代女性)

●20代で介護 自助より公助を

 20代で親の介護をしていましたが、頼れる人もおらず、相談できるところもなく、親は介護保険も対象外でつらかった。自助ではなく、もっと公助の手を差し伸べて欲しい。(奈良県・30代女性)

●60代母が90代祖母を老老介護

 68歳の母が97歳の祖母を毎日介護しているが、かなり大変そうで気の毒。(兵庫県・30代女性)

●ケア労働は女性、意識変えて

 育児や介護など家庭でのケア労働は「女性の仕事」だという社会の認識が今でも根強い。そのような意識を変えるような政策を打ち出してほしい。(神奈川県・30代女性)

利用しづらい介護保険サービス

 「介護の受け皿の整備、介護人材の確保、仕事と介護の両立支援等の総合的な対策に取り組んでいる。引き続き、『介護離職ゼロ』の実現に向けた取り組みを進めてまいりたい」。菅内閣は2日、こうした答弁書を閣議決定しました。

 介護が必要な人を抱え、介護のために仕事を辞める「介護離職」。総務省の就業構造基本調査によると、約9.9万人(17年)が介護離職しています。15年、安倍晋三首相(当時)はアベノミクス「新三本の矢」の一つとして「介護離職ゼロ」を掲げ、菅首相もこの政策を引き継ぐ考えを示しました。

 16年には「育児・介護休業法」が改正され、対象家族1人につき通算93日まで取れる介護休業が3回まで分割して取得できるようになりました。

 ただ、介護保険サービスは利用しづらくなっています。一定程度の所得がある人が利用する際の負担割合は1割から2割に。現役並みの所得がある場合は3割になりました。

 また、終(つい)のすみかとして期待される特別養護老人ホームの入居要件も厳格化。原則「要介護3」以上でないと、入居できなくなりました。特養は高齢者施設の中でも比較的安価で、低所得者でも入れるというメリットがありますが、30万人近くが入居を待っている状態。また、低所得の入居者に向けた食費・居住費の補助は支給要件が厳しくなり、自己負担が増える事例も相次いでいます。

 介護サービスを担う人材不足も深刻です。特に在宅介護を支えるホームヘルパーの有効求人倍率は15.03倍(19年度)。事業者からは「求人募集を出しても採用まで至るのはまれだ」と悲鳴が上がります。

 介護保険制度の持続可能性も課題です。制度が始まった00年度の介護保険料(全国平均)は月額2911円でしたが、20年度は5869円に。今後も増えることは避けられません。

 どういうケアが必要で、どの程度の負担なら耐えられるのか。腰を据えた議論が必要です。(有近隆史

90代の母・障害ある妹と同居の男性 職場理解なく2度離職

 山梨県韮崎市の廣瀬仁史さん(58)は2度も介護離職を余儀なくされました。90代で要介護4の母と、障害のある妹と暮らしています。

 最初の離職は30代で、家族の体調不良による呼び出しなどで、急に仕事を抜けることが度々あり、会社から「慈善事業でやっているんじゃない」と言われ、退職。再就職先は不景気で見つからず、アルバイトを掛け持ちして生計を立てていたところ、今度は自身のがんが見つかりました。

 治療に数年を要し、40代で再就職。しかし、介護に理解があった上司から別の上司に変わった途端、退職を迫られました。「弱い立場の人から、真っ先に切られる」。6年前から介護のための早退や休暇に理解がある現在の会社で働いています。

 母のための特別養護老人ホームは4カ所に申し込んでいますが順番待ちで、早いところで「2、3年先」と言われています。廣瀬さんは「働きながら介護・家事をすると、土曜日にはへとへとになる」といい、家族が休めるような仕組みを求めます。

 高松市で居宅介護支援事業所などを運営する「ウェルネス香川」の主任ケアマネジャーの壺内令子さん(54)は、以前に比べて息子が介護するケースが増えていると感じます。高校に行きながら祖父母の世話をする「ヤングケアラー」の事例もあるそうです。

 目の前の介護に迫られて離職に傾く人に、壺内さんは「いつか親は亡くなる。自分だけになった未来を想像して」と思いとどまるよう説得し、両立のための計画を立てています。そのために24時間対応のサービスをもっと広める必要があると訴えます。「家族も介護の資源とみられ、国は在宅介護に注力しない。働きながら介護をする人は燃え尽きてしまいます」

 介護業界の人手不足はなぜ解消できないのか。壺内さんは「介護報酬は加算を重ねてきましたが、基本単価を上げないと経営が成り立たず、労働者の処遇改善にもなりません」と説明します。新型コロナの影響で、地域の小規模な事業所はさらに経営が苦しくなっていると指摘しています。(及川綾子)

ケアラー支える制度必要 斎藤真緒・立命館大教授(家族社会学)

 新型コロナウイルスによって、従来の働き方の問題点が浮き彫りになりました。非正規労働者を中心に解雇が相次いでいますが、ケアラー(家族などを介護している人)には非正規の人も少なくありません。この間、仕事を失う恐れを抱えながら、デイサービスなどが利用できずにケアラーがずっと介護をしなければならない悪循環に陥りました。

 政府には、国民の大多数が働く中小企業が、介護をする従業員の支援に本気で取り組めるような政策を実行してほしいです。長時間職場にいられる社員を前提とした業務と企業組織には限界があります。コロナによるリモートワークの推進や急な休校・自宅待機など、多くの労働者がいまも不安を抱えながら働いています。がん治療、精神疾患、不妊治療、子どもに障害があるなど、介護以外にも本人や家族にさまざまな事情を抱える労働者が、これから絶対多数になるでしょう。企業は、管理職を含むすべての社員に何らかの事情が発生しうるという前提で、BCP(事業継続計画)の練り直しが急務になるでしょう。

 子育ても含め、ケアは私的な領域で担うべきだという発想で、政治の世界や企業経営の分野から排除され続けています。その結果、支援を要する人やその側にいるケアラーの存在を負担と思う社会の風潮が根強く残っています。しかし、人は生まれてから死ぬまでの間、どこかで誰かのケアを受けています。また誰しもが、人生のいずれかの段階で、誰かのケアにかかわるでしょう。

 自助や共助が先に立つ仕組みは、どうしてもケアを家族が担う前提になります。公助が一番先にこなければ、ケアを負担と感じる社会が続き、今以上にSOSを出しづらい社会になるでしょう。

 介護保険制度はあくまでも要介護者のための制度であり、ケアラーへの支援としては間接的なものにとどまります。さらに、度重なる改正で利用者の負担も増える一方で、ケアラーの「支えて欲しい」という声とは逆行しています。ケアラーを直接支援するための法整備を検討すべきです。仕事との両立、ヤングケアラー、介護と子育てを同時に担う「ダブルケア」といった問題にようやく注目が集まっていますが、ケアラーの人生設計全体に焦点を当てた包括的な支援が必要です。

 他国と比べても、中高年の男性閣僚が圧倒的に多い新内閣は、まさに介護を自分ごととして捉えて取り組んでほしいです。(聞き手・及川綾子)

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 入所施設やデイサービスなどでは入浴介助の時もマスクをつけ、何度も手洗い・消毒を繰り返す。感染が収まらない中、介護現場で話を聞くと、緊張が続いていると感じます。

 介護保険制度が始まって今年で20年。なくてはならないサービスになりましたが、現場は慢性的な人手不足で、賃金の改善も道半ばです。そこに新型コロナが直撃し、経営難がより深刻に。介護が必要な人を支える現場を心配する声が利用者からも上がるのは、もっともなことです。

 母を介護していた縁で、仕事や子育てをしながら親を介護する若い世代と交流があります。在宅でも施設でも、慣れ親しんで利用する介護事業所がなくなったらどうする、という話も出ます。「介護離職ゼロ」を目指す時、勤め先の理解や支援はもちろん重要ですが、基本となる介護保険をどう持続していくのか、政府の示す将来像が気になります。(畑山敦子

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