経済インサイド

 新型コロナウイルスの感染者数が最多の米国で、その「激震地」となったニューヨーク(NY)が、空洞化の危機にひんしている。コロナの感染は抑え込んだのに、肝心の「人」が戻らない。金融やメディア・娯楽産業の世界的中心地は、このまま地盤沈下していくのか。

 NY観光やビジネスの中心地、マンハッタン・ミッドタウン地区。高級ブランドが並ぶ目抜き通り「五番街」は、空っぽの店舗スペースが目立ち、コピー品の売人たちが数十メートルおきに陣取っている。シャッターを下ろした劇場の前に、ホームレスが段ボールを広げる。

拡大する写真・図版米ニューヨーク・五番街の空き店舗前で、ブランドバッグのコピー品を売る人=9月11日、江渕崇撮影

 客が一人もいない土産屋では、店員が暇そうにスマホをいじっていた。

 ブロードウェーミュージカルなど主な娯楽施設は3月から休止が続く。NY州は、いまだ感染が広がる約30州からの旅行客に2週間の隔離を義務づけ、人の流入を制限している。街のにぎわいをつくりだしてきた国内外からの観光客は、ほぼ消えた。

 自宅勤務が当たり前になり、高層オフィスビルの多くは平日昼間も明かりが消されたままだ。NYに拠点を置く大企業経営者らの団体によると、8月半ばまでにオフィス勤務に戻った従業員はわずか8%。今年末でも26%にとどまる見込みだという。

 社会不安の高まりとともに治安も悪くなった。NY市警によると8月に起きた銃の発砲事件は242件で、前年同月の2・6倍。運転中や歩行中の市民が、いきなり撃たれるケースもある。

拡大する写真・図版かつては観光客でごったがえしていた米ニューヨークのタイムズスクエア。人出はだいぶ減った=9月11日、江渕崇撮影

 「まるで(NYが危険だった)1980年代に戻ったよう」。自らも新型コロナにかかり、それをきっかけに子供服関連の仕事を失ったメロディー・コナーさん(39)。NYの街の雰囲気がすさんだこともあり、夫や4歳の娘とともに隣のニュージャージー州に引っ越し、そこで新たな仕事を見つけた。「私の知っているNYは、どこかに行ってしまった」

郊外は空前の不動産ブーム

 米紙NYタイムズの推計によると、コロナ感染がピークを迎えた3~4月、市の人口の5%、約42万人が市外に流出した。富裕層が多く住む地域では40%超が自宅を離れたとみられる。夏に入り感染が収まってからも住民の戻りは鈍く、新たな流出が止まらない。

 地元不動産会社ダグラス・エリマンによると、NY市内の8月の空室は1万5千戸で、前年同月のほぼ3倍にのぼる。この10年以上、例のない規模だという。逆に、NY郊外の緑豊かな住宅地は空前の不動産ブームだ。

 観光客と通勤者が消え去り、頼みの住民も減ってしまったことで、顧客を失った飲食・小売りなど身近なビジネスは風前のともしびだ。「長年のご愛顧に感謝します」。マンハッタンの住宅街を歩くと、閉店告知や、新規の借り手を募集する貼り紙が目につく。

拡大する写真・図版ニューヨーク市内の飲食店は、屋内での営業が認められていない=9月5日、江渕崇撮影

 マンハッタンで台湾料理店を営むアンディー・チュワンさん(25)。3月にテイクアウトだけに営業が規制された後も、宅配アプリとの提携を増やしたり、瓶詰めした特製ソースを売り出したりして踏ん張ってきたが、売り上げは半減した。

 米政府・議会は中小企業支援のため、雇用維持を条件に給料の支払いを国が実質肩代わりする制度をつくった。しかし、「顧客が減って、そもそも人手が要らなくなってしまった。枠の大半は使っていない」。屋外営業は再開したものの、秋が深まればそれもだんだん難しくなる。

 NY市の8月の失業率は16・0%で、前月(19・9%)からは改善したものの全米(8・4%)の倍近い。前年同月に比べ、63万の雇用が失われた。大恐慌に匹敵する雇用危機からの脱却は遠い。

拡大する写真・図版ニューヨーク市の新規感染者数の推移

 この春にコロナ感染が猛威を振るったNY市では、約2万4千人が命を落とした。飲食店の営業制限や在宅勤務、マスク義務づけなどを徹底し、なんとか感染を抑え込んだ。一時1700人超に達した入院患者も、最近は20人前後にとどまる。検査の陽性率は1%未満が続く。米国内で最も感染が落ち着いている場所の一つになった。

 それなのに街に人が戻らないのは、わずか数カ月前に重い犠牲を払った教訓から、人々が慎重姿勢を崩していないためだ。

「成功」が回復遅らせる皮肉

 「経済再開」を急いだフロリダ、テキサスなど南部の州で感染が爆発的に広がったことが反面教師となり、州や市も規制緩和に二の足を踏む。NY大のミッチェル・ロス教授(都市計画)は「感染の抑え込みに非常に成功したことが、皮肉にも回復を遅らせている」と指摘する。

 「経済的支援がなければ、業界は崩壊する」。NY州レストラン協会は、このままでは年末までに州内の飲食店の64%がつぶれかねない、との報告をまとめた。

拡大する写真・図版閉店を知らせる貼り紙。街の辻々で目にする=9月5日、米ニューヨーク、江渕崇撮影

 窮状を訴える声に押され、NY州のクオモ知事は9日、3月から禁じてきたNY市内の飲食店の屋内営業を、30日に解禁すると発表した。ただ、感染防止のため、まずは定員の最大25%しか入場させないといい、経営を成り立たせるのは難しい。

 NY経済に詳しい米ニュースクール大のジェームズ・パロット氏は「公衆衛生のために犠牲を払っているのだから、人々の暮らしやビジネスの存続には、連邦政府が責任を負うべきだ」と話す。

 クオモ知事やNY市のデブラシオ市長(ともに民主党)らは、トランプ政権に対して財政支援を増やすよう求めてきた。ただ、政権や与党・共和党は、コロナ対応で財政難に陥った州の多くが民主党の地盤であることなどから、冷淡な姿勢を貫いている。

 米調査会社によると、NY市民が持つ総資産は6月末までの1年間に3360億ドル(約36兆円)減った。減少率は13%と、全米の減少率(9%)を大きく上回った。

 資産額は2・7兆ドルと、米国の主要都市圏ではかろうじてトップを保った。ただ、コロナ禍でむしろ業績を伸ばしたIT企業を多く抱える2位のサンフランシスコ・シリコンバレー(2・3兆ドル)に急速に追い上げられている。

拡大する写真・図版買い物客が少なくなった米ニューヨークの五番街=9月11日、江渕崇撮影

 過去、米同時多発テロや金融危機の直撃から立ち直ったNY。米国のみならず、世界経済の中心都市としての地位を保ってきた。もともと強かった金融やメディアに加え、フェイスブックやグーグル、アマゾンなど米IT大手がNY市の拠点を拡大する動きは、コロナ危機のさなかでも止まらなかった。ニュースクール大のパロット氏は「いずれオフィスに人が戻り始めれば、NYは魅力を取り戻す」と話す。

 一方で、生活コストの極端な高さや税金の重さ、厳しい規制もあり、NYの人口は以前から流出傾向にあったのも事実だ。アーサー・ラッファー、スティーブン・ムーア両氏ら、トランプ氏に近い保守派エコノミストが毎年まとめている州別競争力ランキングでは、NYは50州中で最下位が「指定席」になっている。

 コロナ危機で凋落(ちょうらく)が一気に加速するのか、再び蘇(よみがえ)るきっかけをつかめるのか――。NYはその瀬戸際に立つ。(ニューヨーク=江渕崇)