「マミーって叫ぶゴールで…」 パラの谷真海の夢

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榊原一生
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 大きな手をぎゅっと握り、勢いよく跳び上がった。

 「弱音ははかないし、何事にも一生懸命。きっと世界で戦う私の姿を見てくれているんだと思う」。妻の言葉に夫がうなずく。無邪気にはしゃぐ息子を、2人はいとおしそうに見つめた。

 8月上旬の夕暮れ時。パラトライアスロン元世界女王の谷真海(まみ)(38、サントリー)は、隅田川沿いの遊歩道を家族3人で歩いた。

 翌日から沖縄・石垣島に行くはずだった。自然の中で練習に励み、家族と過ごすひとときも楽しみだった。ところが、新型コロナウイルスの感染再拡大で取りやめた。

 夫の昭輝(あきてる)さん(39)は毎朝、練習に出かける谷を近くで見てきた。「ママー、行かないで」。長男海杜(かいと)くん(5)が離れなかったのは一度や二度ではない。妻の気持ちは痛いほど分かる。「できることは何でもする」。息子をなだめ、朝の食事作りと保育園への送りは昭輝さんの日課だ。「1人だったら相当きつかったかも」と谷は笑った。

1年延期、弱音も

 谷は海杜くんの妊娠が分かった時、パラリンピックに過去3度出場した陸上の競技生活に終止符を打った。練習の一環で続けていたパラトライアスロンを本格的に始めた。

 出産を経て育児に奔走する日々。妻やママとして頼られる喜びを感じていた。一方で東京大会への思いも募る。「競技をやるには期限が必要だった」。大会本番のその日まで、世界で戦うと決めた。

 どんな時も前を向いた。

 2年前、パラトライアスロンの東京大会実施種目が発表された時、自分が出られる障害クラスはなかった。競技人口が少ないことが理由だった。「戦わずしてパラへの道が終わってしまうのか」。失意に沈んだ。それでも、復活の可能性を信じ、国際大会に出続けた。3カ月後、障害の軽いクラスとの統合が決定。パラへの道がつながった。

 今年3月12日で38歳に。過度な練習による首や頭の痛みで起き上がれないことがある。断端(だんたん)と呼ばれる足の切断面の皮膚は弱い。炎症が起きた。治りも遅くなっていた。

 昭輝さんは感じた。「心も体もぎりぎりの状態。8月の本番まで持つかどうか」。新型コロナの影響で、東京大会開催への懸念が高まっていた時期だった。

 妻から打ち明けられた。

 「1年延期なら厳しい。もう…

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