「まち子よろしく」あの夏から35年、絵本に込めた願い

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張春穎
【動画】_日航機遺族が慰霊登山 ボーイング社に絵本を献本=張春穎撮影
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 520人が犠牲になった1985年の日航ジャンボ機墜落事故で夫を亡くした女性が、機体を製造した米ボーイング社に手紙を書いた。自ら手がけた絵本の英訳版に添える手紙には、事故の遺族として同社の社員に訴えたいある思いが込められている。

 谷口真知子さん(72)=大阪府箕面(みのお)市=の夫正勝さん(当時40)は化学メーカーの社員だった。あの日、出張帰りに羽田発大阪行きの日航機に乗り、犠牲になった。「まち子 子供よろしく」というメモを残して。

日航ジャンボ機墜落事故

1985年8月12日午後6時56分ごろ、羽田発大阪行き日本航空123便(ボーイング747SR型機)が群馬県御巣鷹の尾根に墜落した。乗客・乗員計520人が死亡し、4人が重傷を負った。夏休みで子どもや学生も多く乗っており、犠牲者の中には「上を向いて歩こう」で知られる歌手の坂本九さんもいた。単独機の事故としては、犠牲者の数はいまでも世界最悪。

 当時中学1年と小学3年だった息子を育てるため、アパート経営を始めた。悲しみの中、谷口さんを励ましてきたのは、事故の5年前、自宅の庭に正勝さんが植えた柿の木だった。

 事故の年の秋に初めて実をつけ、谷口さんと息子2人を元気づけた。次第にいまある幸せに目を向けられるようになった谷口さんは、大きく育った柿の木とともに、息子の結婚や孫の誕生を祝ってきた。

 「冬は枯れたように見えても、春には力強く芽を出す」。そんな思いを多くの人に伝えたいと、知人の勧めで事故前後の家族の物語をまとめた絵本「パパの柿の木」を2016年に出版した。

谷口真知子さんが思いを込めてしたためたボーイング社への手紙。その全文を記事の後半に掲載しています。

 絵本は次男の視点で描かれて…

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