「政権はSNSを武器化した」メディアCEOの戦う覚悟

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聞き手 編集委員・吉岡桂子
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 ドゥテルテ大統領の強権的な統治が続くフィリピンで、メディアへの圧力が強まっている。政権に批判的な報道で知られる民放最大手は放送停止を命じられ、ネットメディア「ラップラー」の最高経営責任者(CEO)マリア・レッサ氏らは、掲載記事で実業家の名誉を毀損(きそん)したとして裁判所から有罪判決を受けた。いったい何が起きているのか。レッサ氏に聞いた。(聞き手 編集委員・吉岡桂子)

Maria A.Ressa

ジャーナリスト。1963年マニラ生まれ。10代で米国に渡り、プリンストン大卒業。86年にマニラに戻り、米CNNなどでアジア報道に携わった後、2012年にマニラでネットメディア「ラップラー」を知人の女性らと共同で創業し、最高経営責任者(CEO)。真実を守るために闘うジャーナリストとして、米タイム誌の2018年の「今年の人」に選ばれた。

「人々は本当のことが言えない」

 ――あなたが知人らと創業したラップラーは、麻薬犯罪を取り締まるために容疑者の殺害を認めるなど強権的なドゥテルテ政権に対して、一貫して批判的な姿勢で報じてきました。

 「大統領から『フェイクニュース』と呼ばれ、私も『マリアは犯罪者だ』と敵視されています。放送停止とされた民放も彼の麻薬対策を批判していました。政権はうるさいメディアを抑圧する一方、反テロ法を制定して治安当局の権限を大幅に拡大しました。超法規的な麻薬取り締まりに続いて、今度は法律を『武器化』したのです。報道の自由は国民が持つあらゆる権利の基盤です。これを守らずには何もできません」

 ――ただ、ドゥテルテ氏は2016年の就任以来、高い支持率を得ていますよね。昨年末の世論調査では8割を超えていました。

 「人々は恐ろしくて、本当のことが言えないのではないでしょうか。麻薬犯罪の取り締まりで警察が認めただけでも6千人以上、人権団体によると2万7千人以上が殺されています。不支持を言いにくい空気があります」

 「ラップラーや私は、(脱税や外資規制違反など)11件も疑いをかけられ、8件は刑事責任を問われ、私は2度も逮捕され、1度は留置された。前政権下ではなかったことです。不公正で真実ではない。正義がねじ曲げられ、まるであべこべの世界に入り込んだようです。今回の有罪判決はジャーナリストへの見せしめなのです」

ラップラーをめぐる事件の概要

ラップラーが2012年に掲載した、元最高裁長官と実業家の癒着に関する記事について、実業家側が17年、サイバー犯罪防止法の名誉毀損(きそん)にあたるとして告訴。マニラの裁判所は今年6月、マリア・レッサ氏らに最長で禁錮6年の有罪判決を下した。同法の施行は記事発表後だったが、ラップラーが14年に記事中の誤字を訂正したことをきっかけにした訴追、判決だったため、人権団体から強い批判が出ている。レッサ氏らは「報道の自由への攻撃には立ち向かう」として上訴している。

中産階級、なぜ政権支持?

 ――フィリピンで新興のミドルクラス(中産階級)は、自由や民主主義を主張する知識人を既得権益層として反感を持ち、対峙(たいじ)する政権を支持しているという指摘があります。米トランプ大統領への支持にも似ている印象です。

 「ミドルクラスは、良い医療を受けたり、自分の子供を良い学校に通わせたりすることが最大の関心事です。自らの生活を重んじます。自由や民主主義を求めないわけではなく、生活がまだ不安定だから保守的にならざるをえないのでしょう」

 ――そうした心理を政権が熟知し、支持を集めているのですか。

 「政権はフェイスブックなどのSNSを『武器化』して大統領の意思を積極的に流し、違う意見を持つ人を威嚇して沈黙に導いています。大統領を支持する組織は背後に隠れ、草の根の声を装い発信しています」

 「『大統領は正しい』『マリアは犯罪者だ』――。最初は半信半疑でもずっと聞いていると、本当に違いないと思えてくる。ウソのウイルスが広がり、事実のように思えてくる。ウソも100万回言えば真実になっていく。SNSがつくりだす民主主義は、ポピュリストで権威主義のリーダーの台頭を助長しています」

ジャーナリストの役割とは

 ――SNSはジャーナリズムの敵だ、と?

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 「全く違います。ラップラー…

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