フロントランナー 春風亭一之輔がコロナ禍で見せた本気

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文・井上秀樹 写真・角野貴之
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 年間800席もの高座をこなし、ラジオやテレビ、雑誌でも活躍する注目の落語家、春風亭一之輔さん(42)は、新型コロナウイルス感染拡大による自粛要請の中でも、新境地を開きつつあるようです。落語や寄席への思い、そして家族について、縦横無尽に語ってくれました。

記事の後半では、一之輔さんのインタビューをお読みいただけます。

 ぼそぼそ仏頂面でしゃべりだし、噺(はなし)に入れば登場人物たちが自在に暴れ回る。間抜けな亭主に弁の立つ女房、生意気な子ども。口笛を吹いたりアニメの話題を口にしたりしながらも、お互いを気遣うやさしさにあふれて、高座には落語の風情がふわふわ漂う。

「チケットのとれない落語家」が生まれるまで

 東西の落語家が800人を超す落語ブームの中、一頭地を抜く。NHK新人演芸大賞など若手対象の賞を総なめし、年功序列の落語界では異例の21人抜きで真打ちに昇進した。いまや「チケットのとれない落語家」と呼ばれ、雑誌や新聞の連載にラジオ、テレビのレギュラー番組と大車輪の活躍だ。

 「挫折とか、つらかったことが一回もないんですよね、落語家になってから」。修業の苦労は口にしない。

 不遇の時期はあった。中学まで学級委員に指名されるような優等生は、進学校での高校生活で一変する。成績は学年の最下位争い。ラグビー部を1年でやめ、ぶらぶらしていた東京・浅草で寄席に足を踏み入れる。「同年代が来てない、サブカルな趣味。いいもん見つけた」と通い始めた。

 大学受験に失敗し、落語家への志が芽生えた。このときは親に反対され、浪人して大学へ。ブーム前夜の当時、落語研究会の学生は変わり者扱いだった。おまけに卒業時は就職超氷河期。就活はせずに入門している。

高座を連続生配信、ついに海を渡る

 順調すぎる噺家人生に今春、試練が訪れた。新型コロナによる自粛要請で寄席や落語会が中止に。年800席といわれる高座が、急になくなった。

 すると、ユーチューブに個人のチャンネルを立ち上げ、本来は寄席で主任(トリ)を務めていたはずの日時に合わせて10日間、落語を無料でライブ配信した。

 所属事務所での会議で自ら訴えた。「のんきに構えてたんですけど、何かやんないとね、錆(さ)びてきちゃう。あと、暇なんで」。日がな一日、コーヒーを飲んでぼんやり座っていると、妻の雷が落ちた。「いつまで家にいるんだ! 老後みたいだ」。別の理由もある。「お客さんに、落語を聞かなくても平気だって気づかれると困るんで」

 告知映像で、カメラに向かってほえた。「頼むよ! 聞いてくれよ!」。少し、マジな顔を見せた。

 ライブ視聴は連日1万人を超えた。途中から投げ銭機能を設けると、欧州や米国からの寄付もあり、数十万円に達した。落語会のプロデュースも手がけるお笑い芸人のサンキュータツオさんは、その取り組みを「エポックメイキングだった」と評価する。

 落語家は人気が出ると、もうかる独演会を増やし、「落語とはこうだ」と理論武装しがちだ。なのに、この人は「独演会だけやってると僕は駄目」「噺家はいろんな人がいた方がいい」。バランス感覚が本領だ。(文・井上秀樹 写真・角野貴之)

ここからは、一之輔さんのインタビューの一問一答です。ひょうひょうとした語り口の中にも、寄席と落語への深い愛情が浮かび上がります。

配信落語は「すべらない」

 ――10日間連続落語生配信をやり終えた感想は。

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 結構見るんだなと思いました…

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