「綺麗(きれい)で早うて。ガラアキで」。こんな宣伝文句とともに産声を上げた阪急電鉄神戸線が、16日で開通100周年を迎える。阪神間を結ぶ路線としては後発だけに、当初は並行する、のちの国鉄と阪神電鉄を意識して宣伝に力を入れた。そんな話も今は昔。阪急の大黒柱にまで成長した。

 阪急神戸線は1920年7月16日、梅田―神戸間(いずれも当時)で開通した。他線との差別化を図るため、より内陸に線路を敷いた。まだ車窓に田園風景が広がっていたといい、当時の新聞広告は「眺めの素敵によい涼しい電車」とうたっている。

 最初の神戸駅は、現在の神戸三宮駅から北東に約2キロ離れた場所にあった。市街地を走るための高架が完成したことで、36年に三宮に乗り入れた。「明るい高架 速い阪急」という広告を掲げ、梅田―神戸間を最速25分で結ぶことをPRした。

 神戸線は本線のほかに、枝分かれした今津線と伊丹線、甲陽線で構成され、戦前から変わっていない。阪急に残る最も古い資料によると、現在の神戸三宮駅は40年当時、1日あたりの乗降客数が約3万3千人だった。それが2019年には10万5千人まで増えた。阪急広報部は「戦争や震災など試練はあったが、沿線の発展とともに走り続けてきた。今後もお客さまと歩み続けて参ります」としている。

 神戸線の2編成と伊丹線の1編成は、100周年記念のヘッドマークをつけ、9月末まで運行する。(狩野浩平)