第2回土地への愛着VS資本の論理 米南部で見た「裂け目」

有料記事断層探訪 米国の足元

青山直篤 デザイン・米澤章憲
写真・図版
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断層探訪 米国の足元 第一部②

 「働かざる者、ここに在るなかれ」

 ノースカロライナ州エンフィールドの綿花農家、ジェリー・ハミル(76)の農場につくと、路傍にそんな看板と、星条旗を描いた看板が掲げられていた。

 「ここに在る」感覚とはどういうことですか? そう聞くと、「確かに伝わりにくい」と言い、続けた。

 「自分がここにいないときも、自分の人生が常にこの地にある。死んだとき、あるいは農業をやめたときに、ここで働き始めたときよりこの地を良くしたい」

 ハミルは、米国産の綿花が最高だと自負する。「アメリカン・ジャイアントの起点になっているのが私だ。だから最高の綿花を渡さないといけない」

 19世紀、米南部の農場主たちは、綿花の輸出や工業製品の輸入の自由化を求め、関税による工業の保護を求めた北部と対立した。その構図とは逆に、ハミルは中国などに制裁関税を仕掛け、貿易摩擦を激化させたトランプ大統領を支持している。「過去の大統領は、何でも外国の言いなりだったからね」。論理というより、心情的な支持だ。

 関税で輸入と貿易赤字を減らし、移民を排除して、米国に雇用を戻す。トランプはそう訴えて人気を得た。しかし米国が輸出する側に立つ綿花農家として、保護主義の利益はない。

 「この辺の若者はこういう仕事はやらないよ」。ハミルは嘆息した。かつて黒人奴隷の膨大な人手を必要とした綿摘みも、巨大な農機で省力化が進む。ハミルの農場で必要な10人に満たない人手でさえ、短期ビザで渡米するメキシコ移民がいなければ成り立たない。米農業の現場は「雇用を戻す」必要はなく、むしろ人手不足に悩んでいる。

 コロナ危機で米経済が戦前の大恐慌以来の不況に入り、多くの米国人が困窮する2020年は、消費の収縮で輸入も減るだろう。輸入減はトランプが望んだ結果だが、米国人が豊かになるわけではない。米国の貿易赤字を「悪」ととらえるトランプの論理の誤りは、これだけでも明らかだ。

 しかし、ハミルの誇りに胸を打たれ、論争する気にはなれなかった。米国の農業は高い生産性を誇り、グローバル市場に依存している。一方で、ハミルが持つような土地への愛着と、国境を越えて動く資本の論理との間には深い裂け目がある。

 冷戦終結後、世界はグローバル化をひた走り、企業はサプライチェーンの効率化を前提として経済成長を追求してきた。膨大な富が生まれる一方、格差の拡大や地域社会の弱体化は、民主主義を弱めた。新型コロナウイルスがもたらした危機は、時代の転機を告げている。ただ、一国に閉じこもる保護主義も答えにはならない。収縮する市場と、統制色を強める国家とが織りなす「コロナ後」の世界。動揺するサプライチェーンの「断層」で針路を探る人々を訪ね、全5回で報告する。

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