路地裏の屋台からデパートの高級料理店まで、無数の店が味を競い合うタイの首都バンコクに、開店から2年でミシュランガイドに掲載された店がある。看板メニューは「カニチャーハン」。多くのタイ料理店ではサイドメニューとして扱われ、あまり目立つとはいえない一品だ。その選択には、店主が父親から継いだ熱い思いが込められていた。
「ここのカニチャーハンを食べたら他に行けなくなる。店を出るとき、次はいつ来ようかと考えてしまう」。バンコク中心部、エカマイの大通りに面したタイ料理店「ヒアハイ」で食事をしていた会社経営者の女性(48)は満足げにこう話した。
カニのむき身が「これでもか」
板敷きの店内で筆者もさっそく注文すると、湯気が立つ皿が運ばれてきた。「これでもか」とのせられたカニのむき身がチャーハンを覆う。海の幸の香りとアジア料理特有のスパイスが絶妙に絡み合う。一刻も早く口に運びたくなり、スプーンを手に取った。
火を通したカニの身は、歯ごたえも味もしっかり。香ばしさが口の中に広がる。チャーハンの米には、油っこさと唐辛子の辛さがたっぷり。この「B級グルメっぽさ」、悪くない。カニとチャーハンはお互いの良さを損ねずに自らを主張し、うまく調和している。
「調理中にカニをチャーハンと混ぜないこと」。店を営むプルエット・ターンパイシットさん(30)が、秘訣(ひけつ)を教えてくれた。チャーハンとカニは別々に火を通し、皿に盛るとき初めて一緒にする。「カニの身の味や香りを消さず、でもチャーハンと合わせるために試行錯誤した」、その結果だという。
値段は一皿340バーツ(約1180円)。大衆的な店で100バーツ台のメニューが当たり前のタイ料理店では、「高級品」の部類に入るだろうか。プルエットさんは「これだけ質のいいカニをこんなにたくさん載せているカニチャーハンなんて、世界にないですよ。ちょっとは高くなります」と、苦笑いを浮かべながらも誇らしげだ。
「店を開けたのは2年前。でも元々は、30年続いた『オヤジの味』なんですよ」とプルエットさんは横に立つ父親さんのプルタックさん(68)を見やった。「話すと長くなるけどなあ」と、プルタックさんは笑顔を返す。
ご飯とは別々に炒められるカニのむき身……。記事後半では、プルエットさんが店を開いた経緯のほか、調理の様子を動画で紹介しています。
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