「お子さんは、脳性まひです」
何軒目かに回った病院で医師からそう告げられた名古屋市の寺田恭子さん(57)はひざに乗せていた我が子を落としそうになった。今から27年あまり前の1992年10月1日。長男ユースケさん(30)が2歳の時のことだ。
あの日、思い描いていた未来が音を立てて崩れた。
恭子さんは夫の泰人さん(57)と学生時代に大学院で出会い、88年に結婚。泰人さんの地元である愛知県に移り住み、新生活をスタートさせた。
2人はともにスポーツに親しみ、運動や健康に関する研究に携わってきた「スポーツエリート」だ。
恭子さんは4歳でモダンバレエを始め、中学・高校は剣道部の練習に、大学に進学してからは創作舞踊部の活動に打ち込んだ。大学院での専門は健康教育学だった。一方、泰人さんは高校、大学、社会人とラグビーを続けたラガーマン。大学院での専門はスポーツ方法学だ。現在はともに桜花学園大学(愛知県豊明市)教授として教壇に立つ。
ユースケさんがおなかにいると分かった時、恭子さんは今とは別の大学の助手として学生にゴルフやバドミントン、テニスなどの実技を教えていた。
そんな2人の第1子のユースケさんに、周囲は「将来は何のスポーツをするのかな」と期待を寄せた。
90年5月31日。予定日より3週間早く、ユースケさんは産声を上げた。体重2624グラム、身長48センチ。すくすく成長したユースケさんは11カ月ごろに伝い歩きを始め、1歳過ぎには歩き始めた。1歳半ごろには言葉も出た。
「ん?」。医師が首をかしげたのは保健所での1歳半健診の時だった。
ユースケさんの足首を何度も…
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