(小説 火の鳥 大地編)54 桜庭一樹 鳳凰が砂漠より降り立つ

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 昨今、政治家や官僚が無能で、財閥と癒着もしていると、「政治の腐敗だ!」と責める若者が増えていた。軍縮時代になって苦労する若い軍人、低賃金にあえぐ都市労働者、飢饉(ききん)で飢えた東北の農民たち……。やがて、血盟団という政治団体の若者と、海軍の若き将校などが結託、翌二月、「一人一殺(いちにんいっさつ)!」と東京でテロを起こした。予算を削るなど軍部に非協力的だった前大蔵大臣が、血盟団の青年により無残に撃ち殺された。翌三月、三井財閥総帥が三井銀行の前で、やはり撃たれ、命を落とした。ついで五月、海軍将校などが首相官邸を襲い、軍縮を進めた犬養毅総理を「問答無用! 撃て撃て撃てぇーっ」と惨殺! ついで日本銀行変電所などに手榴弾(しゅりゅうだん)を投げ込み、紙幣流通や電気供給を止め、帝都に戒厳令を敷かせようとした。

 このクーデターは空振りに終わったが、若い世代の不満は、社会の隅々に灰色の澱(おり)のように残った。政治家は自己の利益のために動き、財閥は民衆の血の一滴まで搾り取る。しかも官僚が彼らを擁護している。つまり今の日本には、一部の特権階級、いわゆる“上流の国民”なるものが存在してるのだ! これらは古くて腐敗したものだ。国家の敵! 打倒すべし! 解放されるべし! 今にして起(た)たずんば日本は亡滅(ぼうめつ)せんのみ! では、では、来るべき新しい世界とは何か? 何処(いずこ)に皇国日本の真の姿ありや? それは、かつての輝かしき明治維新で、新政府が成し遂げたような、天皇陛下を奉じた維新(革命)によってのみ達成されるべき偉業だ! 天皇の御意向を承(う)けた軍部が政治を主導し、民族の誇りを胸に、国内を平等な社会にする。国外に向けては、一丸となって大陸進攻する。その時こそ、皇国日本は本来の輝かしい姿を取り戻せるだろう……。と、上海にいる私には国内のことはよくわからないが、海軍や血盟団員の青年たちの思想や市井の人々の不満を、こう推測した。市民の多くはテロを起こした若い軍人たちに同情的で、刑を軽くせよという嘆願書には百万人を超える署名が集まった。

 三田村財閥では、長男の硝子(がらす)が急ぎ東京に飛び、この非常事態を収めた。一月に雪崩を襲った青年も血盟団員だったのかは、はっきりしないままだが、念のため警備を厳重にして祖母を守った。ついで、東京駅近くに日丸(にちまる)劇場、日丸ホテルを建設。週末の無料コンサートなどを開き、東京市民に還元した。また上野公園の一角で低所得者向けの炊き出し“三田村鍋”を提供。日によって具を肉か魚か豆腐に、味付けも味噌(みそ)か醬油(しょうゆ)か塩にと変化もつけて工夫。企業のイメージ挽回(ばんかい)に努めた。硝子は危機管理能力が高く、雪崩も「要造さん。あの子は頼りになるよう」と喜んだ。

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 クーデターそのものは失敗し…

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