検察庁法の改正をめぐり、ツイッターで数百万件の抗議の投稿があった。一方で、新型コロナウイルスの流行中に営業を続ける店や外出する人を非難する「自粛警察」と呼ばれる動きも起きている。デモや社会運動に詳しい伊藤昌亮(まさあき)・成蹊大教授(メディア論)は、東日本大震災以降の社会運動と政治の変化が、コロナという特異な状況下であらわになっていると指摘する。
いとう・まさあき 1961年生まれ。著書に『デモのメディア論』『ネット右派の歴史社会学』など。
――ツイッターで「#検察庁法改正案に抗議します」と訴えた一連の投稿は、「ツイッターデモ」と呼ばれます。実際に集まらなくても、デモなのでしょうか。
「この10年でデモは『集まる』ものから『つながる』ものへと変わってきました。日本では東日本大震災以降の10年間、反原発(2011年~)、安保法制反対(15年~)など毎年のように話題になるデモが起きています。SNSが広がり、リアルに集まることだけでなく、オンラインでつながり合う過程を含めてデモだと認識されるようになっています。検察庁法改正では、国会前に集まり無言で立つ『サイレントデモ』も行われましたが、オンラインで盛り上がったデモの『オフ会』のようなものです」
――ツイッターデモは、現場に足を運ぶリアルなデモよりも参加のハードルが低いのでしょうか。
「そうとも言えません。リアルなデモは、群衆の一人になるという意味で『匿名』的です。一方、ツイッターデモは、より『顕名』的な空間です。著名人の実名のアカウントはもちろん、ハンドルネームを使った匿名アカウントもオンライン上のその人のキャラクターを背負っています。『あの人がツイートしたなら、自分も』と個人から個人へとバトンが渡され大きく盛り上がりますが、発信者が明確で自分の名前での発言に責任を持たなくてはいけない分、ハードルの高さはあります」
――それなのに盛り上がったのはなぜでしょうか。
「コロナの流行が影響したことは確かだと思います。人はあいまいな状況におかれて不安な時ほど、その状況に対処するために合理的な解釈を探ろうとする、という社会心理学の研究があります。コロナには科学的にあいまいなことも多く、何が真実なのかが明確でありません。理性的な解決ができない極限状況に置かれているからこそ、理性的であり得ることには理を通したい、『こんな時に、筋の通らないことは許せない』という気持ちが強く働いたのだと思います」
――とはいえ、これまでも政権は筋の通らないようなことをしてきた中で、なぜ検察庁法改正の問題でここまで盛り上がったのか不思議です。
「この法改正で、すぐ直接の…
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