狐のしっぽまで動かす人形遣い 文楽・桐竹勘十郎の芸

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西本ゆか
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 新型コロナウイルスの感染拡大による緊急事態宣言で、文化的な活動も大きな影響を受けています。三味線がべべんとうなり、太夫が語る浄瑠璃の世界を人形たちで描き出す「人形浄瑠璃文楽」も、4月は全公演が中止になりました。「人形は舞台で遣われてこそ、人形遣いも舞台で人形を遣ってこそ」と、人形遣いの名手、桐竹勘十郎さん(67)。再び人形と舞台に立てる日を願い、終息を祈る日々です。

舞台の「魔法」支える守護霊

 人形の冷たい体に腕を入れ、からくりを操る指の先から熱い命を注ぎ込めば、遊女の唇が恋に震えて赤く艶めき、子を殺した武将の眉間に深い苦悩が刻まれる。

 太夫が語り三味線が奏でる浄瑠璃を、人形の首(かしら)と右手を担う主(おも)遣い、左手を動かす左遣い、足を持つ足遣いの三人遣いで描く人形浄瑠璃文楽。雄弁な木彫りの顔の後ろには感情を消した遣い手の生身の顔が白々と浮かぶ。その姿は幕が下りれば霧散する仮初めの「生」の創造主であり、人形の不自然が観客の心で自然に変わる舞台の「魔法」を支え続ける、守護霊のようでもある。

 男の人形の立役(たちやく)遣いで人間国宝だった故先代勘十郎の長男。劇場を遊び場に育ち、人形遣いの躍動する姿に魅了され、世襲制でもないのに14歳で道を定めたのは運命か。

 男の人形は女の人形より大きく重く、遣う構えも筋肉の使い方も異なり、通常はおのずと得意が決まる。小柄で線も細い息子に父が選んだ師匠は、女形遣いの吉田簑助さんだった。親心は想定外で吉と出る。後に人間国宝となる師匠からは女形、66歳で逝った父からはその左や足を遣った記憶で立役の、それぞれ至芸を「盗めた」からだ。

 どんな役もやりたい「欲深さ」と飽かずたゆまぬ「好き」の力。こつこつ広げた芸域で「絵本太功記」光秀など立役の大役にも次々挑み、2015年には妖狐の霊が座頭(ざとう)や娘など7役に化ける「化粧殺生石(けわいせっしょうせき)」を復活。名人・故初代吉田玉男以来、実に41年ぶりだった。

直木賞「渦」の贈呈式にも

 同年、悲恋の娘お三輪を遣った「妹背山婦女庭訓(いもせやまおんなていきん)」では作家の大島真寿美さんと運命が交錯した。「道行(みちゆき)の踊りは『よっお三輪!』と言いたいほどにキレッキレ」と大島さん。この舞台を契機に書いた小説『渦 妹背山婦女庭訓 魂結(たまむす)び』が19年の直木賞に輝き、贈呈式には勘十郎さんも「お三輪」と共に登場した。

 うれしかったのは大入りばかりではない文楽が「おかげで話題になったこと」。子ども番組やコラボなど他流試合に勇むのも本公演の観客増を願う一心からだ。「人形遣いは声も出せず1人では遣えず、型にも縛られがんじがらめ。ないない尽くしで生まれる表現は見れば必ず面白いから、まずは足を運んで欲しい」。目下の敵は多くの公演を休止させた新型コロナウイルスだ。

 舞台に立てぬ日々。人形遣いの後輩からは「仕事が少ないと兄さんは死んでしまうのでは」とメールが。『渦』にも人形を遣う場を失い、衰弱して死んだ江戸期の人形遣いが登場したなあ、と思いつつ半ば本気で返した。「僕は泳ぎ続けんと死ぬ魚と一緒やから、止まったら終わりや」

 人形と、人形遣い。「守護」されているのは存外、人形遣いの方かも知れない。(西本ゆか)

ここからは勘十郎さんへのインタビューです。しかけのない狐の人形のしっぽまで動くのはなぜなのか。人形への、舞台への、そして観客への熱い思いを語ってくださいました。

妖狐から7役へ

 ――立役、女形、獣に妖怪。変幻自在ですね。

 いやあ、まだまだ。ただ昔から、立役と女形を分けて考えない部分はありました。簑助師匠の女形の至芸を一番間近で見られたが、その随一の素晴らしさが自分に出せるとは無論、思えない。なのに一方で立役の鮮やかな芸に出会えば、遣うてみたいなと思う。欲張りなんです。姫君と武将の役を同日昼夜でできるのも人形遣いの特権ですから。

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 妖狐から7役へと変じる「化…

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