アートは水平な世界観 アジアを理解し、成長より成熟へ

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構成・岩田智博
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 昨年手がけた塩田千春展が大きな話題になり、1月、森美術館館長に就任したキュレーターの片岡真実さん(55)は、様々なものが断片化する中、「体験とストーリーの両方を提供することは、ますます重要になってくる」と指摘する。現代アートの力について、弱肉強食の政治や経済とは違い、「水平な世界観をつくれる」とも。女性初の館長就任を機に、現代美術家のスクリプカリウ落合安奈さん(27)と飲食プロデューサーの周栄行さん(30)と語り合った。ルーマニアと中国にルーツを持つ2人との対話は、アートとアジア太平洋地域の歴史の関係にまで及んだ。

塩田千春展、66万人訪れた仕掛け

 周栄 森美術館初の女性館長ですが、女性のキャリアの変化を感じますか。

 片岡 その質問をよく受けますが、海外では珍しくない。まだ、そんなことが話題になるんだという印象です。私自身は鈍感だからか「ガラスの天井」もあえて意識してこなかった。

 スクリプカリウ落合 日本のジェンダーギャップはいまだに厳しいと感じます。現代美術から今後、どのように社会にアプローチしますか。

 片岡 日本の状況は、改善されるべきですが、一方で男女比だけではなく、世界のアート界では、性的少数者、人種、民族など様々な意味での少数派と多数派の関係性を是正しようとする大きな波が起こっています。近代美術の殿堂であるニューヨーク近代美術館でも、男性白人アーティストに偏ったコレクションのバランスを見直し、多様性を確保しようとしています。女性館長という立場をいかして、より広いダイバーシティーを考えていきたい。

《かたおか・まみ》 1965年、愛知県生まれ。愛知教育大学卒業後、ニッセイ基礎研究所などを経て2003年から森美術館。チーフ・キュレーター、副館長を経て1月に館長就任。非欧米から初の国際美術館会議会長でもある。第21回シドニー・ビエンナーレ芸術監督はじめ国内外の芸術祭やプライズの要職などを歴任し、京都造形芸術大学大学院教授も務める

 スクリプカリウ落合 今秋、70歳以上の女性アーティストの展覧会を開くと聞きました。

 片岡 世界各地から16人の本当に興味深いキャリアを持った、頑固で強烈な女性たち。常に前を向いて新しいことを考えている。彼女らの人生を通して、世界の動向を掘り下げることもできるし、鑑賞後は女性や年齢という属性を忘れてしまうほど作品の面白さが伝わればと考えています。デジタルネイティブと上の世代の断絶も顕在化しているので、世代を超えた対話をしていく必要もありますしね。

 周栄 飲食店のプロデュースの際は、コミュニティーや動線といった街づくりを意識しています。考えていることはありますか。

 片岡 森美術館は地上53階で「世界」をめざしてきたこともあり、コミュニティーへのアプローチが後手に回ってきました。しかも、美術館のある六本木は、就労者、新旧の住人や観光客といった複層的な構造。実は美術館とコミュニティーの関係は、世界的な課題でもある。六本木発のローカルな議論をグローバルに接続することも可能だと思っています。

 周栄 片岡さん企画の「塩田千春展:魂がふるえる」は絵画、動画、インスタレーションなど展示内容も多岐にわたり、約4カ月間で66万6千人が訪れたほか、ソーシャルメディアでも話題になりました。僕は純粋にアートとして楽しみました。加えてインスタレーションの写真を自分で撮り、簡易に加工してインスタグラムなどで消費できる構造があるとも感じた。体験が外に広がる動線は、意識したのですか。

 片岡 実際に足を運んでもらわないとできない体験を重視しました。SNS映えが力を持っているからこそ、写真では伝わらない圧倒的なスケール感を創出した。そして、展示ではSNS上では感じられない五感も重視しました。インスタレーションは体感を重視したので、あえて解説はつけなかった一方で、その後のクロノロジー(年表)では解説をつけて彼女の制作の系譜を示した。体験とストーリーの両方を提供することは今後、ますます重要になってくると思う。様々なものが断片化する中、より大きな視点から見た系譜を時間軸や歴史として理解することの重要性が増していると強く感じています。

 スクリプカリウ落合 あの展示方法なら、全体の流れを理解しやすい。

《すくりぷかりうおちあい・あな》 1992年、埼玉県生まれ。東京芸術大学大学院博士後期課程(彫刻)に在籍し、様々な素材や技法を用いて作品の制作を行っている。「銀座 蔦屋書店」で個展「Imagine opposite shore ―対岸を想う」が3月31日まで開催の予定。7月18日からの3カ月間は埼玉県立近代美術館で大型インスタレーションの個展が開かれる

 片岡 人によって考えは違いますが、私はアーティスト本人と作品を切り離すことができない。どんな生い立ちか、どういう社会を生きてきたか、どんな価値観の中で思想が形成されたのか、などを理解しながら作品を読み解くことで、説得力が高まるところがある。だから、人と作品を一緒に見せたくなるんです。そのことが、作家への共感や理解につながると信じています。

歴史の教科書、逆にすればいいのに

 スクリプカリウ落合 愛知教育大在学中に米国留学で学んだことはなんですか。

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 片岡 大学で行かされたのは…

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