(小説 火の鳥 大地編)37 桜庭一樹 大きなことからはもう逃げたい

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 四回目の一八九四年のお正月はてんてこ舞いだった。父の商売がらみの来客が多く、妻とお手伝いさんはすっかり目を回してしまった。父はほろ酔いで機嫌がよかった。三が日が終わると、ようやく家族でのんびりできた。保も遊びにきたので、四人で花札をした。保がいちばん弱いので、ぼくは不思議に思い、「天才なのにね?ねぇ? タモっちゃん?」としつこく言った。

 そうして年が明け、ほどなく、匿名の“鳳凰(ほうおう)機関”ことぼくの予言通り、朝鮮で農民反乱が起こった。清と日本が鎮圧のため兵を送った。反乱が収まると、朝鮮は清にも日本にも撤兵を求めた。と、これは一回目と二回目の世界と同じだった。

 ぼくは毎朝、妻が「どしたの?」と変に思うほど熱心に新聞を読み続けた。“鳳凰機関”の指示通り、日本政府は撤兵せず、朝鮮半島で清軍と睨(にら)み合いを続けた。よし、ここまで三回目の世界と同じだ。

 夏になり、庭で蟬(せみ)がうるさく鳴いた。妻が井戸で西瓜(すいか)を冷やし、父が引き上げ、鉈(なた)でざっくり切り分けた。縁側に三人並んで、真っ赤な果肉に齧(かじ)りついた。

 ある朝、新聞に日本が大英帝国と日英通商航海条約(平等な立場を取る約束)を結んだという記事が載った。ぼくは「よし、条約を結んだ直後である今、大英帝国も無理に日本と戦おうとしないだろう」と拳を強く握った。

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 翌週、日本軍は朝鮮王宮を占…

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