「山川専用レーン」で鍛えた打撃 恩師が語るパ本塁打王

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照屋健
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 プロ野球西武の山川穂高(28)がパ・リーグで2年連続の本塁打王に輝き、26日のNPBアワードで2年連続のベストナインとして表彰される。沖縄で生まれ育ち、大学時代は雪国・岩手でもまれたホームランバッターは、どのように育ったのか。恩師を訪ねた。

 「沖縄にすごい選手がいるぞ、見に来い。同級生から言われたその一言が始まりでした」

 山川が所属していた富士大(岩手)の青木久典・元監督(現法大監督)は振り返る。

 その素質にほれこんだのは2009年。夏の甲子園出場をかけた沖縄大会決勝へ、中部商3年の山川を見るために足を運んだときだった。マウンドにいたのは、その翌年に春夏連覇を成し遂げる興南の2年生左腕、島袋洋奨だった。

 「最初、山川は島袋君に三振をとられるんです。でも、すごかったのはその次の打席。うちとられた、まったく同じ球を狙って、レフト前にヒットを打ったんです」

 遊撃手も、三塁手も一歩も動けない。まさに「火の出るような」ライナー性の当たりだった。「強烈なスイングスピードと、狙い球を定めて、前の打席にやられた球を打ちにいける頭のよさ。その感性にピンときました」

 ただ、それだけでは勧誘しないのが、青木監督のスタイルだ。「プレーがよい、ということだけではそこまで心は動かない。この子をとりにいこう、と決めたのは試合後のふるまいなんです」

 試合を終えた山川に、見に来ていた少年野球の子どもたちが群がっていた。「お兄ちゃん、みたいな感じで子どもが寄って。普通、高校生くらいだと恥ずかしがる子もいるじゃないですか。でも、山川はその子たちの頭をなでながら、笑っているんです。その姿を見て、『この子は心が優しいんだな』と。それが、決め手になりました」

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 当時の山川は全国的にはほぼ…

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