まさか、しーちゃんなの? 桶川で失った娘の声が響いた

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高絢実
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 夕方、仕事から帰宅した憲一さん(69)は、家のカギがないことに気づいた。玄関は妻(69)に開けてもらったが、室内をさがしても、職場をさがしても、見つからなかった。

 途方に暮れた。「しーちゃん、なんとかして」。娘の名前が口をついて出た。困ったときには、決まって力になってくれた。数日後、カギは居間の壁際で見つかった。

 少し前にも、妻が免許証をなくし、家中をさがした揚げ句、階段で見つかることがあった。カギが見つかったのも、何度も目をやったはずの場所だった。

 「まさか、しーちゃんが?」。妻と顔を見合わせて、久しぶりに笑った。2000年春の話だ。

 娘を授かったのは結婚4年目、27歳のときだった。出勤する朝に「ハンカチ、持った?」と妻のまねをしたのは、しーちゃんが3歳のころ。2歳と11歳年下に弟ができると、面倒をよくみてくれた。家族5人の中で一番大きな声で笑うのも、しーちゃんだった。

 事件が起きたのは1999年、しーちゃんが大学2年生の秋だった。別れた男につきまとわれ、その男の仲間にナイフで刺された。冷たくなって帰宅したしーちゃんの顔は、苦しそうにゆがんでいた。

 なぜ、殺されなければならなかったのか。なぜ、助けてあげられなかったのか。胸が張り裂けそうだった。カギをなくし思わず娘の名を呼んだのは、そんな日々のまっただ中だった。

 「がんばってね」

 「お酒飲みすぎないようにね」

 以来、娘の言葉を思い起こすようになった。気持ちが少しだけ和らいだ。

 七回忌を迎えた05年冬。医師から突然、胆管がんを宣告された。「ステージ3と4の間です」。食欲を失い、体重が急速に減った。このまま死んでしまいたい。娘のことを考えられなくなるほどの激痛に襲われた。

 年の瀬に手術を受けて、しば…

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