この夏の終わり、中国のバスケットボールファンが熱狂した1日があった。上海の観光地、外灘からほど近い特設会場に、バスケの最高峰米NBAのスター選手、クレイ・トンプソンが中国のスポーツブランドを身にまとって現れた。
足元のシューズから短パン、Tシャツに至るまで、「ANTA(安踏体育)」のロゴが目を引く。笑顔のトンプソンがスポットライトを浴びる様子が中国全土にウェブ中継された。
「私たちの誇りだ」
拡大する自分名前を冠した新たなシューズ「KT5」を発表する中国でのファンイベントに参加したクレイ・トンプソン=2019年9月7日、上海、奥寺淳
江蘇省南通市からバスで駆けつけた会社員の蔣科●(上に「火」が三つ、その下に「木」)さん(25)は興奮を隠さない。トンプソンはNBAの試合でもANTAのシューズでプレーし、所属するウォリアーズは5年連続でNBAファイナルに出場。チームを3回、NBA王者に導いた中心選手。その彼が、世界最高の舞台で自国ブランドの靴を履いてプレーすることに自尊心がくすぐられるのだ。
1991年に福建省で創業したANTAは、14年にトンプソンとシューズ供給などの契約を結んだ。2026年までの10年契約は最高8千万ドル(約86億円)にのぼるとされる。トンプソンの名前の頭文字「KT」ブランドのシューズも開発。米スポーツ用品大手ナイキが、バスケの神様とも呼ばれたマイケル・ジョーダンのブランドを立ち上げたのと同じ戦略だ。
上海のイベントは、5代目となる新作「KT5」を市場に投入し、100万足の販売目標を打ち出すため、トンプソンを米国から招いたものだった。
拡大するクレイ・トンプソンの名前を冠したシューズの最新モデル「KT5」=2019年9月7日、上海、奥寺淳撮影
NBA選手へのシューズ供給ではナイキが70%以上(ジョーダンを含む)と圧倒的だが、実は中国ブランドが食い込み始めている。ANTAに加え、国民的英雄の体操金メダリストの名を冠した「李寧(リーニン)」(北京)、PEAK(福建省)の3社をあわせると3・9%。5位プーマ(2・1%)を上回り、4位のアンダーアーマー(4・6%)と肩を並べる存在になっている。
中国でスポーツ用品トップのANTAは、ほぼ国内だけでパナソニックを上回る時価総額2兆7千億円の大企業になった。近い将来、まずは中国で首位のナイキの覇権を崩すことを視野に入れている。しかし、国外では無名に近い。欧米や日本に直営店もない。同社は「世界クラスの多ブランドスポーツウェア企業になる」(李玲副総裁)との目標を抱くが、「ブランドの国際化は簡単ではない」(同社ブランド担当役員)と自覚する。
世界の時価総額ランキングで中国企業(香港を含む)はIT大手のアリババ(7位)、騰訊(テンセント、8位)をはじめトップ100に15社が入る。しかし、世界最大手のブランディング会社インターブランドのベストグローバルブランド(19年)で上位100社に入るのは、74位の通信機器大手・華為(ファーウェイ)技術のみ。中国企業が、世界の人々からの信頼や共感、充足度などに支えられる「ブランド力」を手にできないでいる姿を浮き彫りにする。
一方の米国はこのランキングに51社が名を連ねる。この差は何を示すのか。
国力には軍事力などのハードパ…