あの日、中絶を選んだ少女へ 誕生の瞬間、SNSで発信

遠藤真梨
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 出産の写真と映像をインスタグラムで発信する現役助産師2人組がいる。沖縄を中心に活動するフォトユニット「UMARE(ウマレ)」のasa(あさ)さんとmaki(まき)さん。陣痛から分娩(ぶんべん)まで、妊婦と家族に寄り添って記録する「バースフォト」を手がける。

 フォロワーは開設2年で1万人を突破。今年5月に沖縄で開催した初の単独写真展は3日間で5千人が来場し、高校で授業に参加するなど、活動の場を広げている。目的は若者への性教育だ。

 asaさんは助産師学校時代に実習先の病院で見た光景が忘れられない。姉に付き添われ中絶に訪れた17歳。胎児を子宮の外に出すため薬で起こした陣痛に「きたきた、痛い、ガチ」とふざけると、姉は「マジ? ウケる」とちゃかした。笑い声が響く分娩室から出てきたのは、白いトレーに載せられた真っ赤な胎児だった。身長15センチ。未完成の皮膚は透明で骨が透けて見える。「中絶を短絡的に考えてる」。こらえきれない怒りは湧くけれど、学生で何もできない自分がもどかしかった。

 転機は助産師3年目に訪れた。職場の先輩だったmakiさんと意気投合。「出生率日本一の場所で、たくさんのお産に立ち会おう」と関西から移住した。しかし、あこがれの地で予想外の現実にぶつかる。10代の中絶の多さ、出産や子育てで学校を休む高校生。

 一番驚いたのは、産後の家族計画支援で初めて正しいコンドームの使い方を知る若い母親がいたことだ。実情を知り驚いた。文部科学省が中学校の保健体育授業のガイドラインを示した学習指導要領には「避妊」や「性交」の言葉はない。受精や妊娠は教えるが「妊娠の経過は取り扱わない」と定めているからだ。「肝心なことが教えられていない」。憤りが行動へかき立てた。

駆け出しの頃は分かっていなかったと、最近思うことがある。あの17歳の少女に何があったのか。

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 命の大切さを伝えようと、若い世代がアクセスしやすいSNSで発信することを決めた。インスタグラムを選んだのは出産の壮絶さをありのままに伝えられるから。痛みに声を上げ、体は傷つき血も出る。出産中に大出血を起こして亡くなる人もいた。「写真と映像を見て、それは今自分が望む場面か考えて欲しい」

 公開を始めると先輩助産師からは「神聖なお産を人目にさらすなんて」という声もあった。だが、教育現場の反応は意外だった。

 今年6月、沖縄県内の高校から「保健体育の授業で写真を使わせてほしい」と声がかかった。2年生男女120人。写真パネルを並べて状況を想像してもらい、今自分や彼女に子どもができたらどうするかと問いかけた。

 ある女子生徒は「産めない。まだ学生だから」。胎盤の写真を見た女子生徒は「自分の体から出てくると考えると少し怖い」と、自分の身に引き寄せて考えてくれていた。

 別の学校関係者からも「映像から性衝動の先をイメージできるのが素晴らしい」と背中を押された。

 今は非常勤の助産師として働きながら活動する。出産のタイミングは予測不可能で予定日前後2週間は仕事を休んで24時間態勢で待機する。写真はmakiさん、動画はasaさんの担当。妊婦さんからの電話を合図に早朝や深夜でも病院へ向かう。狭い分娩室の中で医師やお産を担当する助産師の邪魔にならず、しっかりと誕生の瞬間を捉えられるようにポジション取りには神経を使う。撮影した写真と動画は2人で選びインスタへ。写真に付ける文章は書いては消し、一晩寝かせて読み返し、本当に伝えたいことが伝えられる文章になっているか何度も推敲(すいこう)する。

 本名と顔を隠して活動するのは、インスタグラムに掲載したエピソードから個人を推測されないためだ。

 駆け出しの頃には分かっていなかったと、最近思うことがある。あの日、実習先で見た17歳の少女。学校、経済的な理由、性暴力。今ならいくつでもあがる中絶の背景を想像できなかった。姉に付き添われて来た意味も。「1人で背負いこまないで」と過去に戻って寄り添いたい。育てられないなら産まない選択も命に対する責任の取り方のひとつだと。でも不必要な中絶は減らしたい。だから、幅広い世代と様々な立場の人にもっと性教育を広めたい。

 「知識は自分と相手と小さな命を守る武器です」

 インスタグラムのアカウントは(@umare_mw)(遠藤真梨)

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