奈良)三陵墓古墳群 都祁地域の有力者の墓か

有料記事

田中祐也
【動画】奈良市の三陵墓古墳群=田中祐也撮影
[PR]

 奈良市の東部の旧都祁村に古墳時代、豪族が治める国があった。豪族の名前は闘鶏(つげ)氏。日本書紀にも登場するが、詳しいことはわかっていない。

 だが、一族の墓の有力候補地は明らかになっている。奈良市都祁南之庄町の三陵墓古墳群だ。古墳群は都介野(つげの)岳から延びる尾根上に営まれ、東古墳、西古墳、南古墳で構成する。東と西の両古墳が史跡公園として整備されている。

 名阪国道の針インターから車で10分、史跡公園に着くと、「つげまろくん」の像が迎えてくれた。古墳時代の男性をモデルにしたという。ここで奈良市教育委員会の池田裕英さん(51)と奈良市都祁行政センターの植松宏益さん(57)と待ち合わせた。

ここから続き

 まずはつげまろくんのそばに…

この記事は有料記事です。残り923文字有料会員になると続きをお読みいただけます。

【お得なキャンペーン中】有料記事読み放題!スタンダードコースが今なら2カ月間月額100円!詳しくはこちら