源流は日本人研究者 80年代に元祖クリスパーを発見

戸田政考
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 ピンポイントでゲノム(遺伝情報)を改変できる技術「CRISPR(クリスパー)/Cas9(キャスナイン)」は、精度が高く使いやすいため、2012年に発表されると、世界の研究者がこぞって使うようになり、「ノーベル賞級の発明」とも言われるようになった。論文を発表したのは、仏のエマニュエル・シャルパンティエ(50)、米国のジェニファー・ダウドナ(55)の2氏だが、源流をたどると、日本人研究者にたどり着く。

 1986年、大阪大微生物病研究所。中田篤男さん(89)=現阪大名誉教授=や品川日出夫さん(77)=同=らは、大腸菌の内部で、特定の酵素をつくる遺伝子を突き止める研究に取り組んでいた。

 遺伝子は、「A」「T」「C」「G」という4種類の「塩基」が一列に並んでいる。この並び順は塩基配列と呼ばれ、その並び順によって、遺伝子は様々な機能を持つ。

 大腸菌の塩基配列を調べていた石野良純さん(62)=現九大教授=はある日、同じ配列が繰り返す部分があることに気づいた。CGGTTTA……。塩基61個ごとに、29個が同じように並んでいる。そんな部分が5カ所あった。「きれいに並んでいるのは偶然ではないはず。何か意味があるのでは」と感じた。

 翌年に石野さんらは国際論文を発表した。ただ、この発見はメインのテーマではなく、偶然見つけた繰り返し配列については「生物学的な意味がまったくわからない」としめくくった。「当時、特徴的な繰り返しの意味がわからなかった。別の研究テーマに関心があり、論文を出すとすぐ米国に留学してしまった」と石野さんは振り返る。

 その後、同様の繰り返し配列が多くの細菌に存在することがわかり、2002年、「CRISPR」と呼ばれるようになった。

 CRISPRは、細菌がウイルスの攻撃から自らを守る仕組みのカギであることも明らかになった。細菌は、侵入してきたウイルスから身を守るため、ウイルスのDNAの一部を切り取る「Cas」という「はさみ」を持っている。切り取られたウイルスのDNAはCRISPRに取り込まれ、細菌はその情報を「記憶」する。再びウイルスが侵入した際、記憶と一致すると、ウイルスの遺伝子を攻撃する。

 シャルパンティエ氏とダウドナ氏は、この仕組みを人間や動植物の狙った遺伝子を切断する技術に応用し、12年に「クリスパーキャス9」を発表した。広く普及した現在も、さらに使いやすいようにと、世界中の科学者が改良を続けている。

 石野さんらの功績について、シャルパンティエ氏は17年、朝日新聞の取材に「極めて重要な発表だった」と答えた。石野さんは「クリスパーを利用したゲノム編集技術は、いつか必ずノーベル賞を受賞するだろう。自分たちの発見が受賞につながったとしたら実に感慨深い」と話している。(戸田政考)

生命を操ってよいのか 議論や規制、追いつかず

 「生物の設計図」である遺伝情報(ゲノム)を、これまでと比べて高い精度で簡単に改変できる技術「CRISPR(クリスパー)/Cas9(キャスナイン)」が登場し、医療や農業など、様々な分野で研究が進んでいる。一方、受精卵をゲノム編集した赤ちゃんが昨秋、中国で誕生するなど、生命を操ることについての議論や規制が、研究の進展に追いつかない面もある。

 ゲノムは遺伝情報のことで生物の設計図だ。クリスパーは、「はさみ」のように狙った部分をピンポイントで改変できる技術。例えば、特定の遺伝子が原因による病気の場合、その遺伝子を正常な状態に改変することで予防できると考えられている。

 こうした発想で、医療分野では様々な研究が進む一方、狙った部分以外も改変されてしまう恐れも指摘されている。

 中でも、慎重にならないといけないのが「生命の萌芽(ほうが)」と言われるヒトの受精卵へのゲノム編集だ。改変した遺伝子は、その子や孫にも受け継がれるため、数世代にわたる影響を考える必要がある。病気の治療だけでなく、将来的には容姿や知能、身体能力などを高めることに使われる可能性もある。

 2018年秋には、中国の科学者が「受精卵をゲノム編集し、赤ちゃんを誕生させた」と発表。特定の遺伝子を改変し、エイズウイルスに感染しにくくしたという。安全性の確認や倫理面での検討が不十分なまま、世界初となるヒトへの応用について、世界中から批判を浴びた。

 受精卵のゲノム編集に関するルールは、国によって異なる。フランスドイツは遺伝子を改変した受精卵での出産を法律で禁止。中国は指針で禁じ、違反すると罰金や資格停止の可能性がある。世界初の応用例は、前述の中国の一例だけとされるが、許可などを得ずに行ったため当局の指針に違反している。日本は現在、法規制を含めたルール作りを急いでいる。

    ◇

 ゲノム編集技術は、食品の改良にも使われている。おもなものには、血圧の上昇を抑えるトマトやアレルギー物質の少ない鶏卵、収穫量の多いイネ、肉量が多いマダイなどがある。

 これらは近い将来、食卓に並ぶかもしれない。厚生労働省などは2019年9月、ゲノム編集して作った食品に関するルールを作った。遺伝子を新たに加える場合は「遺伝子組み換え食品」と同様に安全性審査を求める。一方、遺伝子を切り取っただけの場合は、自然に生じる変異と同等と見なし、届け出も表示も任意としている。

 このほか、マラリアなどの感染症を媒介する蚊や野生のネズミに特定の遺伝子を組み込み、繁殖できないようにして人間への感染を防ぐことを目指す研究も進められている。現在は研究段階だが、自然界に放たれると、生態系のバランスが崩れてしまう懸念も指摘されている。(戸田政考)

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