拡大する写真・図版 チベットで記念撮影する上田達さん(右)(2008年3月6日、上田敦子さん提供)

 東京・汐留のギャラリーで、初老の男性がチベットの写真の前で足をとめた。雪を帯びて輝く山々を背に、墓石のような石が積み上げられている。

 「不思議な石ですよね」。会場を案内していた上田敦子さん(63)がそう語りかけると、男性は「マグマが固まった自然のままの石なんです」と教えてくれた。この春のことだ。

 男性は下町で工務店を長年経営しているという。別れ際、意を決したようにシャツの胸ポケットから銀色の棒を取り出した。コンクリート構造物の安全性を確かめる検査の道具だという。「こうやるんです。五感を用いて」。床をコンコンとたたいてみせた。

 「これをやらなくなったら大変なことになる」。深々とおじぎをして去っていった男性は、会場の出入り口に置いた感想ノートにこう書き残した。

 《点検がズサンダ ミスの事故》

 別の日。上田さんは、30歳前後の女性が30分以上、細長い会場を行ったり来たりしているのに気づいた。

 「気になる写真があるのかしら。もしかして息子の友だち?」。そんなことを思いながら、「よかったらノートに何か書いてください」と声をかけた。

 女性は小さく「はい」と言ったが、何かを考えている様子で目を合わせない。上田さんはそっとその場を離れたが、後になってノートに女性のものとみられるメッセージを見つけた。

 《就職して1年目、トンネル事…

この記事は有料記事です。残り615文字
ベーシックコース会員は会員記事が月50本まで読めます
続きを読む
現在までの記事閲覧数はお客様サポートで確認できます
この記事は有料記事です。残り615文字有料会員になると続きをお読みいただけます。
この記事は有料記事です。残り615文字有料会員になると続きをお読みいただけます。