お年寄りの一票、移動投票所が守る 「消滅」集落の苦悩

有料記事旅する記者2019参院選

新田哲史
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 参院選では投票率の行方も注目です。そんな中、投票に「行く」のではなく、「来る」場所がある――という話を聞き、取材に向かいました。そこは、お年寄りたちの笑顔があふれる高齢化率100%の「超限界集落」でした。

 島根県浜田市。ここでは今回の参院選で、ワゴン車に投票箱を載せて地域を回る移動式の投票所を実施します。2016年の前回参院選で導入しました。なぜこうした取り組みが必要なのでしょうか。

 私は主に関東で育ち、いまは大阪で勤務しています。かつて、人口減少率が全国1位の秋田県に赴任していましたが、「移動投票所」については聞いたことがありません。参院選が公示される前日の今月3日に浜田市に入り、その後も含めて計3日間取材しました。

 まず訪れたのは、市の選挙管理委員会。そこで過疎の現実を垣間見ました。同市は、16年に全国で初めて「移動期日前投票所」を始めました。きっかけは、同年に過疎化が進む市内の10地区で、投票所を統合すると決めたことでした。

 「人が減った地区では、投票所に立ち会う人と投票する人の数がほぼ同じところもあったんです」

 事務局長の森下政昭さんは苦笑しながら、当時のことを説明してくれました。全有権者の投票が終わっても投票所は終了時間まで開け続けなければならず、住民からは「立会人で長時間座っているのはしんどい」との声も上がったそうです。投票所の統合を検討せざるをえないのは仕方ないと感じましたが、統合したことで車を運転できない山間部のお年寄りが投票所に行けなくなってしまっては問題です。その解決策が、移動投票所というわけです。

 「実際に移動投票所が設置される地区の中で、最も投票所から離れているのはどこですか」。そう森下さんに尋ねると、「田野原ですね。ここはほとんど高齢者です」と教えてくれました。早速、レンタカーを借りて田野原地区に向かいました。

 浜田市の中心部から約1時間、車が離合するのも困難な険しい山道を進み、集落に着きました。道路沿いに家がぽつぽつとあるだけで、人通りはありません。試しに一つの家に近づこうとしましたが、庭に草が生い茂り、玄関までなかなかたどり着けませんでした。そこは、空き家でした。

 ようやく話を聞けたのが、自治会長の石本敬次郎さん(84)。石本さんによると、田野原地区の住民は5世帯6人で、全員が65歳以上の高齢者です。昭和40年代には40軒ほどありましたが、林業の衰退とともに人が減ったといいます。

 「限界じゃなくて、消滅集落だ。自然にかえるというか、もう誰もおらんようになる」。石本さんは、集落の運命を受け入れるように冷静に語りました。「とにかく若い人が働くとこがないからだめなんだ。農業じゃやっていけんけえ」

 そんな田野原地区ですが、近…

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