地獄落ちて…さらけ出し救われた 薬物依存を体験者語る

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聞き手・大岩ゆり 榊原一生 編集委員・吉田伸八
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 覚醒剤やコカインなど違法薬物の乱用事件が後を絶ちません。一番多い覚醒剤事件では、検挙された人の6割以上が再犯です。いけないとわかっていてもやめられず、日常生活に支障が出てしまう。それは薬物依存症で、治療や支援が必要な病気です。薬物依存症の人たちが回復して社会復帰するにはどうすればいいのでしょうか。体験者や専門家に話を聞きました。

自分さらけ出し救われた 俳優・映画作家 内谷正文さん(49)

 暴走族仲間と16歳からシンナーを始め、マリフアナ、覚醒剤へとエスカレートしました。33歳まで、薬物を使いながら俳優を目指しました。

 3歳下の弟の様子がおかしくなったのは私が30歳の頃です。私の後を追うように暴走族に入り、薬物も使いました。現場職人、運転手など仕事はちゃんとしていました。

 ある日、母から連絡を受け実家に帰ると、部屋の隅でバスタオルを頭からかぶり、ガタガタと震え、見えない何かと話している弟がいました。覚醒剤による幻聴、幻覚だとわかりました。弟を薬物の道に引き込んだのは私です。何とかしなければと、俳優を諦め実家に戻り、弟と過ごしました。しかし弟の状況は悪くなる一方でした。その頃、体調不良の父が退職し自宅にいたことも弟の薬物依存を深めていったんだと思います。

 家族もろとも薬物地獄に落ちた時、薬物依存症者によるリハビリ施設「ダルク」の家族会に出会いました。私たちが薬物依存症や、依存症者と自分を一体化してしまう「共依存症」という状態であることを知りました。ダルクやその家族会では参加者がみな言いっ放し、聞きっぱなしのミーティングを繰り返しました。同じ悩みを持つ仲間だからこそ、うそのない自分をさらけ出せる。信頼できる仲間に話すことで救われました。

 弟はダルクにつながって回復し、自分なりの新しい生き方を見つけ、仕事に就きました。今は妻子と共に暮らしています。

 私も自分なりの新しい生き方を見つけました。それが、2005年から始めた、一人体験劇「ADDICTION~今日一日を生きる君~」で自分をさらけ出すことです。中学、高校の薬物乱用防止教室中心に250回近く上演してきました。17年には、より多くの方に見て頂けるよう、映画「まっ白の闇」を制作。昨年劇場公開し、今夏から映画センター全国連絡会議が窓口となり各地で上映会が始まります。一人体験劇、映画によって薬物依存症の現実を知ってもらうと同時に、依存症には「回復の光」があることも知ってほしいと願っています。薬物依存症は病気であり、刑罰だけではなく治療が必要です。

 私や弟にとっては、仲間に正直な気持ちを話し、共有することが、薬物を止め続け、回復へつなげる治療でした。孤独は闇を深くします。人と人との関係が希薄になってきている現代だからこそ、本当に大切なものを感じてもらえるよう活動を続けていきたいです。

「孤立の病」回復へ共生を 国立精神・神経医療研究センター薬物依存研究部長 松本俊彦さん(51)

 薬物依存症は、薬物の使用を自分の意志でコントロールできない病気です。依存は身体的にも精神的にも起こりますが、治療が難しいのは脳の神経回路が薬物に支配され、いわば「脳をハイジャック」されてしまう精神的な依存です。薬物に神経回路がいったん支配されると、脳神経はその状態を記憶してしまいます。このため、薬物をやめて何年も経っても、急に薬物への欲求が生じることがあるのです。

 薬物への欲求が消えるのが完治なら、薬物依存症は完治しません。しかし、脳や心、行動が薬物に支配された状態から回復し、社会復帰することは十分可能です。

 薬物依存症は糖尿病高血圧のような慢性疾患であり、治療の「貯金」ができません。1回の手術や短期間の治療で治る病気とは違い、治療でいったん症状が改善しても、その後、何もしなければ治療効果はゼロになります。ですから、継続的な治療が必要です。

 ただし、幻聴や幻覚などがなければ、薬物依存症は必ずしも医療機関で治療しなくても構いません。治療では、カウンセリングやグループセラピーなど様々な形態で、自分の依存状態をきちんと認識し、薬物をやめ続ける上で直面する様々な問題を抱え込まずに相談できるようになることを目指します。ですから、病院ではなくても、体験者が生活を共にする「ダルク」のような民間リハビリ施設でも、体験者が匿名で支え合う「ナルコティクス・アノニマス(NA)」のような自助グループでも、各地の精神保健福祉センターでもいいのです。

 しかし現状は、薬物依存で悩む多くの人がいかなる支援にもつながっておらず、回復に向けた一歩を踏み出せずにいます。背景には偏見があります。薬物の弊害を極端に強調し、薬物による健康問題と道徳問題を混同した薬物乱用防止教育により、薬物を使った人はあっち側の人といった偏見が、子どもから大人にまで刷り込まれています。

 こんな雰囲気では、薬物の悩みを誰にも打ち明けられません。しかも日本では個人の薬物使用が罰せられるため、医療機関や行政機関に相談したら警察に通報されて逮捕されるのではないかと恐れ、治療も受けづらいのです。

 薬物乱用対策のうち薬物の規制については、日本は反社会勢力や密輸の取り締まりなどで成果を上げていると思います。しかし、薬物依存症に陥った人の回復を支えるには、単に刑罰だけではなく、苦痛や痛みを抱えた人々をどう支援するかという視点が必須です。薬物依存症患者は快楽のためではなく、自分の抱える困難、苦しみから一時でも逃れたいと薬物を使っているからです。

 まずは薬物について安心して正直に話せる場を社会にたくさん作り、薬物に悩む人が自分の生活パターンなどに応じて支援を受ける場を選べるようにすることが重要です。

 薬物依存症は「孤立の病」です。薬物を使って依存症になるかならないかは、悩みを打ち明けられる相手や仲間がいるかどうかに大きく左右されます。依存症患者が社会で孤立せず、薬物乱用仲間ではない健康な人間関係の中で自分の居場所を見つけることが、回復を成功させるための一番の要素です。

 その意味でも、薬物使用者に対する偏見を解消する教育を行うべきです。薬物使用者を排除する社会は、マイノリティーを切り捨てる社会です。障害を抱えた人たちとの共生社会を目指すなら、薬物問題を抱えた人たちとの共生が欠かせません。

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