東大生だった18歳の私、女性の選択肢増えると信じてた

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 温存される性差別と、積み重ねてきた変化と。東京大学の入学式での上野千鶴子・名誉教授の祝辞は、その両面の景色を描き出し、広く反響を呼んだ。私たちは前に進めているのだろうか。かつて東大生でもあった、名古屋大教授の隠岐さや香さんに寄稿してもらった。

 18歳の頃、社会は変化しつつあると思っていた。そして、女性の人生の選択肢が増えると素朴に信じていた。従来の生き方に加え、仕事を持って一人で子どもを育てる、あるいは同性のパートナーを見つけるなど、様々な道があるように感じていたのだ。当時の若者として平均的な考え方だったかはわからないが、こういう気持ちにさせてくれる時代の空気は間違いなくあった。

 入学した大学は新旧の文化がぶつかる場だった。上野千鶴子氏の祝辞で触れられたように、東大生女子だけが入れないインカレサークルがあった。そこに集う女子大生を「バカな女の子」扱いする学生もいた。一方で、女性の教員は増え始めていたし、「自分の名字にこだわりたくない」と夫婦別姓に賛同する男子学生がいた。サークル案内には同性愛者の権利のため活動している団体の記載もあったし、今ならトランスジェンダーと呼ばれるような学生もいた。どれも1990年代のことだ。

 実際に変化したこともある。たとえば私が入学したとき、大学で起きたハラスメントを訴える場所はなかった。しかし2000年代には次々と制度化された。私は当時ぎりぎり大学院生だったので、訴える側に回れた最初の世代だ。

 新しい価値観が出てきても…

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