違う道歩んだ「きょうだい村」 平成の大合併が残した今

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森岡みづほ
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 議員のなり手が不足し、有権者全員で物事を決める「町村総会」を検討して注目を集めた人口約400人の高知県大川村。かつてその隣に「きょうだい村」と呼ばれた村があった。その名も、一文字違いの本川村(ほんがわむら)。平成の大合併で本川村は、いの町の一部になったが、合併できなかった大川村は、村として残った。村が残る意味はなんだろう。二つの村をたどった。

 旧本川村も大川村と同じく四国山脈の中にある。高知市からは車で約1時間半、国道194号をひたすら上るとたどり着く。秋は紅葉が美しく、渓谷に流れる清流がまぶしい。

豊かだった村が

 本川村がなくなって15年。合併前からある社会福祉協議会の広間には毎週火曜と金曜、高齢者が集まり、体操などを楽しむ。

 お友だちとおしゃべりをしていた山中君江さん(88)は「以前は豊かな村やった。でも、山奥やし(本川地区へのサービスが)後回しになるのは仕方ない」と言う。隣にいた長谷川知(さとる)さん(89)も「町の広報が回ってきても本川のことを書いちょらん」。本川村時代の議会定数は10だったが、いま、本川地区から出ている議員は2人。村で毎年開かれた「健康まつり」も、いまは町の中心部まで行かなければ参加できない。

 村はダム建設や林業で栄え、1960年ごろ、2500人がいた。発電所の固定資産税で財政も豊かだった。75歳以上の住民に村から月2万~3万円の「年金」が支給され、婦人会の旅行には1人5千円の補助も出た。

 その後、高齢化が進み、20…

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