ナチと愛国、違いはどこに 右翼台頭のドイツにみる不安

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ベルリン=高野弦
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 旧東ドイツではいま、国家主義を掲げる右翼勢力が急伸している。「開かれた社会」を重視してきた戦後ドイツのあり方を揺るがす勢いだ。ベルリンの壁が崩壊して、今年で30年。かつて独裁国家からの自由を渇望した人々の間で、何が起きているのか。

携帯がつながらぬ村

 旧東独州で最大人口を抱えるザクセン州。州都ドレスデンから車で1時間ほど離れた村ハルトマンズドルフ・ライヘナオでは、いまも多くの家庭で携帯電話が通じない。

 「山の中腹まで登らないと、電波が入らない。役所に頼んでもなかなか対応してもらえないんだ」

 村議会議員のローター・イェーケルさん(66)はそう嘆いた。

 谷間にあるこの村の人口は約1千人。この30年で500人ほど減った。かつて10ほどあった中小の企業はこの間、次々に倒産し、若者は仕事を求めて村を去った。14年前に中学校が閉鎖され、統一後に進出してきた銀行の二つの支店も同じころ、不採算を理由に撤退。バス路線も減り、1日3本のスクールバスが唯一の公共の交通手段だ。バスが運休する週末は「陸の孤島」になる。

 目下の課題は、消防団にある消防車の買い替えだ。イェーケルさんは「補助金で買い替えようと思っても、もはや村の負担分さえ支払う余裕はない。隣村との合併を模索したが、『メリットがない』などとして地元の政府に認めてもらえなかった」。消防団を担う若者はいなくなり、年金生活者が「火消し」の頼りだ。自分の娘2人も村を離れた。

 旧東独時代、人々はみな貧しく、固定電話すら普及していなかった。ただ、村を出ていく者は少なく、1970年代に自宅を建てるときは、近所の人が総出で手伝ってくれた。学校や病院にも苦労しなかった。

 「あの時代に戻りたいですか?」という記者の質問に「あの国が存続し続けるのは不可能だった。いまはただ、厳しくなる現状に不満が言いたいだけだ」。

難民はいない、でも……

 村民たちの思いは2017年9月の総選挙で「抗議票」となって爆発した。新興右翼政党「ドイツのための選択肢(AfD)」のこの村での得票率は40.1%に達し、メルケル首相の与党キリスト教民主同盟(CDU)の25.9%を大きく上回った。

 車でさらに30分ほど離れた村ドルフケムニッツ。この村のAfDの得票率も47.4%にのぼった。人口の流出が止まらず、8年前に小学校が閉鎖された。村でただひとつの肉屋は、記者が取材に訪れる3日前に閉店した。後継ぎがいないのが理由だった。村の財源の節約のため午後11時~午前4時半、通りの街灯は消され、村は闇につつまれる。

 AfDは、メルケル首相の難民受け入れ政策に反発し、得票を伸ばしたと言われている。だが、通りで出会ったベアベル・エルステルさん(59)は言う。

 「この村には難民はいない。AfDが高い支持を集めるのは、現状に対する不満からだ」

 小学校が閉鎖されたとき、村民たちは反対の署名集めに動いた。村人口の約半数にあたる700人が署名し、村長に提出したが、返ってきたのは「いったん決まったことに反対する署名なんて、意味があるのか」とつれない返事だった。

 総選挙前、この村に唯一、足を踏み入れた政治家がAfDのペトリ党首(当時)だった。「ふるさと」の重要性を説き、伝統的な家族制度やドイツ文化の復権を訴えて回った。「彼女の演説は、希望を失いつつあった村民の心をとらえた」と、手芸品の工場を営むフリードマール・ゲルネグロースさん(68)は振り返る。

東から西へ120万人

 AfDは、旧東独で強い支持率を維持している。昨年9月の公共放送世論調査では、ベルリンを含む全6州で支持率が1位となった。5月の欧州議会選で大幅な議席増が見込まれているほか、今秋あるザクセン州、ブランデンブルク州、チューリンゲン州の3州議会選挙では、いずれも与党をうかがう勢いだ。

 AfD台頭の理由の一つにあげられるのが、過疎化と経済的な立ち遅れだ。

 90年の東西ドイツ統一後、旧東独地域で企業の閉鎖が相次ぎ、人口の流出が続いた。政府機関の統計によると、17年までに120万人以上が東から西に移住した。一方、東側への政府・民間企業による投資は94年ごろをピークに減少に転じた。フンボルト大のマイケル・ブルダ教授によると、旧東独の1人あたりの所得は、いまも旧西独の7割程度にとどまる。賃金の格差に加え、年金で生きる高齢者の割合が上昇しているためだという。

 AfDは、難民受け入れを批判する一方で、旧東独の底上げを訴え、支持を集める。「政府はもっとインフラに投資し、人も企業も戻ってくるよう手を打つことで、AfDの台頭に対抗するべきだ」とブルダ教授は話す。

 ドイツ政府の財政収支は5年連続の黒字で、投資に余裕がないわけではない。しかし、もともと政府に節約志向が強いうえ、財政健全化を求めている南欧諸国に範を示すため、政府は大幅な投資の拡大に踏み切れないでいる、とブルダ教授はみる。

「ナショナル」への憧れ

 もっとも「お金」だけで、すべてを解決できるわけでもない。

 旧東独ではいま、「ネオナチ」と呼ばれる極右集団が勢いを増しつつある。昨年8月に難民による殺人事件が起きたザクセン州ケムニッツでは、一般市民による反難民デモに交じって、右手を高く掲げるナチス式の敬礼をする男たちの姿が報道され、大きな衝撃を与えた。

 チューリンゲン州でレストラン兼雑貨店を営むトミー・フレンクさん(32)は、このデモに参加したひとり。首には人種を示す「アーリア」の入れ墨。雑貨店で販売するTシャツにはヒトラーへの忠誠を思わせる「I Love HTLR」の文字がプリントされている。

 「難民による犯罪が後を絶たないからだ」。デモに参加した理由をそう語る。しかし、右翼思想にひかれるようになったのは、メルケル政権が多くの難民を受け入れ始めた15年よりずっと前のことだ。

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