うどん数グラム、僕の日課 「小麦絶対ダメ」からの転換

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鈴木彩子
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 「うどん、できたよー」。電子レンジで温めた数切れのうどんにめんつゆをかけて、お箸でズルズルッとすする。東京都に暮らす小学2年生の男の子(7)の、夕方、家に帰ってからの日課だ。重い小麦の食物アレルギーがあり、以前は小麦を一切食べることができなかった。男の子と母(39)にとって、このうどんは、「進歩」の証だ。

食物アレルギーと診断されて、原因となる食べ物を除去している人の中には、ほんの微量も食べられない重症の人もいます。もし誤食して命に関わるアレルギー反応が出たら? 小学校の入学を前に、一歩踏み出した親子のお話です。

 卵や小麦のアレルギーがあることが分かったのは、生後7カ月のころ。まだ食べてみてはいなかったが、血液検査を受け、医師から告げられた。食物アレルギーの原因と疑われる食べ物を、除去する生活の始まりだった。

 1歳1カ月の時にクリニックで小麦のうどんを食べてみる「食物経口負荷試験」(負荷試験)を受けた。症状は出ず、「食べられるんだ」と喜んだ帰り道、ぐったりとして顔面が蒼白(そうはく)になり、呼吸困難になった。大きな病院にかけこみ、注射や点滴の治療を受けた。「死んでしまうの?」。母の頭を死がよぎった。食物アレルギーによるアナフィラキシーショックと診断された。

 「小麦は絶対食べさせてはいけないんだ」。そう強く思った。

 小麦は、徹底的に完全除去をした。うどんやパンなど、小麦粉由来の食べ物は買わず、自宅には小麦粉も置かないようにした。はんぺんなどの練り製品や、麦みそ、だしの素などの調味料も、小麦と表示があるかを確認するのが習慣になった。

 その後も、大きな病院に定期的に通院を続けて、血液検査も受けていた。赤ちゃんの頃に発症した食物アレルギーは、大きくなるうちに自然に治ることも多い。そのうちに良くなるから――。そう言われていたけれど、男の子の検査結果は少しも良くならなかった。「避け続けるだけで、良くなるのだろうか……」。母はそう感じ始めていた。

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 4歳の時、食べられるように…

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